【主な登場人物】
・三浦慎吾(24)
フリーター。純子の彼氏。重度の中二病で、夢をコロコロ変えながら家でゲームばかりしている。
・鷺宮純子(24)
刑事。慎吾の彼女。まともな職につかない慎吾のことを疎ましく思っている。
・片山まみ(19)
アイドル。とにかく不運。ファンの太田からストーカー行為を受けている。
・太田琢(35)
まみのストーカー。顔と容姿がコンプレックスで、アイドルのまみを推すことだけが生きる希望である。
・西本雄吾(31)
刑事。純子の先輩。
・尾上実(34)
連続殺人鬼。支配欲が強く、アイドルを監禁しては命令を聞かせるという行為を繰り返している。
【本編】
1 廃校・教室(夜)
アイドル衣装を着た女性が縛られている。
そこへ、足音が聞こえてきて、男(顔は見えない)が歩いてくる。
男、女性にスマホを見せる。
女性、怯えた声を出し始める。
スマホからドラムロールが鳴り響く。
暗転。
2 書店(日替わり)
棚を見ながら歩く三浦慎吾(24)。
目当ての本(刑事モノの漫画)を見つけ、手を伸ばす。
と、同時に触れる手。
ド派手なTシャツを着た鷺宮純子(24)も同様、本に手を伸ばしていた。
慎吾「あっ」
純子「あっ」
見つめ合う二人。
が、その直後、二人は本を奪い合う。
店員(男性)、急いでやってきて。
店員「お客様! や、やめてください! ちょっ……ちぎれる! ちぎれるから!」
3 カフェ・テラス
慎吾と純子、向き合う。
純子「なんでいんの?」
慎吾「いや、こっちのセリフだから」
純子「いちゃ悪い?」
慎吾「別に、悪かねーけど。じゃあ何、俺はいちゃ悪いわけ?」
純子「悪い」
慎吾「悪いの?」
純子「……」
慎吾「あのさ、え、俺たち付き合って何年目だっけ」
純子「3年目」
慎吾「だよね? え、なんでそういう……あ」
純子「……」
慎吾「あー、はいはい、分かった分かった。アレだろ。いわゆる倦怠期ってやつだろ。な、熟年夫婦にありがちなやつ。喧嘩するほど仲がいいってか(とヘラヘラ笑って)」
純子「……」
慎吾「……(真顔になり)まだ怒ってる?」
4 アパート・純子の部屋(回想)
純子、帰ってくる。
慎吾、テレビに向かってマリオカートをしている。
慎吾「ういーす、お疲れ〜。今日、何人逮捕した?」
純子「……まだいたの?」
ゴミ箱に『アニメーターになるには』という本が捨てられている。
純子、机に置かれたライトノベル本を手に取り。
純子「アニメーターになるんじゃなかったの?」
慎吾「あー、やめたやめた。俺絵ぇ描けねえし、無理無理(笑)今はライトノベルの時代だから。とりあえず異世界転生させときゃ売れんだろ」
純子「あのさあ……」
慎吾「(敵に)はぁあ、お前、きっしょ!! 死ねよマジでよぉ!」
純子「(小声で)オメーが死ねよ……」
慎吾「マジ、人生ってマリオカートだよな。どんなに頑張ってもこうやって邪魔されてずるずる落ちてくんだよ」
純子「アンタが人生を語るな。人生終わってんだから」
慎吾「(振り返り)なんっ……え、なんか言った? (画面に戻り、集中し)待って待ってキタキタキタキタ1位ある1位ある」
純子「……」
慎吾「よし! よし! よし! っしゃー! あ、バカ、やめ、おまっ……(とコントローラーをテレビに投げつけ)もぉおおお!」
純子「……」
割れているテレビの画面。
慎吾「……」
5 カフェ・テラス(回想戻り)
慎吾「いや、マジで……絶対返すから」
純子「いいよ別に。一生家上げないだけだから」
慎吾「いや、そんなこと言わずにさあ……」
純子、机に二千円を置き、席を立つ。
慎吾「もう行っちゃうの?」
純子「お昼のついでに寄っただけ。アンタと違ってヒマじゃないの」
慎吾「何だよ、それじゃまるで俺がヒマみたいじゃない」
純子「ヒマでしょ!」
慎吾「てかさ、その前にそのダッサいTシャツどうにかしろよ」
純子、慎吾にポーチを投げつける。
慎吾「痛って! 何すんだよ」
純子「あー……もう限界、マジ冷めた。……私たち別れよう」
慎吾「……えっ」
純子「さよなら」
純子、水を一気飲みし、テーブルに叩きつけて去っていく。
慎吾「ちょっ……おい! 蛙化現象にでもなった? なあ? おーい!」
純子、見えなくなっていく。
慎吾「んだよ……」
慎吾、二千円を取っていると、落ちているポーチに気づく。
慎吾「(外に)おーい、忘れもん……」
純子、すでに人混みの中に消えている。
慎吾「んだよ……」
慎吾、ポーチを取って急いで席を立つ。
6 路上
人混みの中、純子を探す慎吾。
同じくド派手Tシャツを着た純子らしき女性の後ろ姿を見つける。
慎吾「おーい!」
反応なし。
慎吾「はぁ……?」
慎吾、人混みをかき分け、ついていく。
7 アパート・前路上〜廊下
歩いている純子らしき女性の後ろ姿。
その大きく後ろに息切れ状態の慎吾。
路肩に黒い車が止まっている。
声をかけようとするが、止まる。
女性、アパートの方に向かっていく。
慎吾「え……」
階段を上がっていく女性。
慎吾、物陰から女性を見ている。
ふと気配を感じ、振り返る女性。
その瞬間、慌てて隠れる慎吾。
慎吾「あいつ……」
慎吾、走ってそのまま階段を上がる。
女性は鍵を回し、ドアを開けるところだ。
慎吾、部屋の中を覗くと、小太りの男(太田琢・36)が立っている。
慎吾「おぉ前浮気して……」
え? と振り返った女性の顔を見ると、純子ではない全くの別人。
慎吾「あぁあ、全然違う!!!」
太田「まみたん……」
慎吾「えっ……」
女性(片山まみ・19)、怯え始める。
まみ「ストーカー……」
慎吾「えっ……」
まみ、ダッシュで階段を駆け下りる。
慎吾「あっ……あー! 待って待って、違う違う違う違う!」
慎吾、ダッシュで追いかける。
太田「まぁみたぁあああん!!!」
太田、部屋から出てきて、追ってくる。
慎吾「はぁ? え、なん……えっ?」
慎吾、振り返りつつ、後を追う。
8 アパート・前路上
まみ、停まっている黒い車にぶつかりつつ、逃げていく。
腕を掴まれる。
まみ「キャア――ッ!!!」
掴んだのは、慎吾。
慎吾「違うって、誤解だって」
まみ「……(一瞬納得した様子を見せるが、我に返り)あぁあ、2人目ぇ――!!!」
慎吾「違うって! ……ふたっ、えっ、2人目? え、なに?」
徐々に足音が聞こえてくる。
やがて、追ってくる太田の姿が見える。
まみ「……!」
まみ、逃げ出す。
慎吾「あっ……ちょっと!」
慎吾、後を追う。
9 物陰
息切れ状態で隠れているまみ。
そこへ、慎吾が走ってやってくる。
まみ「……!」
まみ、逃げようとする。
慎吾「ま、待って待って! 違う違う違う、違うから……」
まみ「え……?」
× × ×
慎吾が事情を説明した後。
まみ「……そういうことだったんですね」
慎吾「まあ、俺も早とちりではあったけど……(ド派手Tシャツ見て)それ、どこで買ったの?」
まみ「……ネットです。かわいいなと思って」
慎吾「……わかる〜。……俺も、かわいいと思ってた、ハハ」
まみ「……」
慎吾「……で? アイツは、結局、何なの?」
まみ「……あの人は……私のストーカーです。私、アイドルやってて」
10 ライブハウス・中(回想)
ステージで踊っているまみたち。
太田、最前列でペンライトを振り回している。
まみの声「もともとは、普通のファンだったんですけど」
太田「まみたんビームして!!」
まみ「(ポーズ作り)まみたんビ〜〜〜ム!」
太田「ポエェェェ〜〜〜ッ!!!(悶絶)」
11 路上(回想・夜)
歩いているまみ。
ふと気配を感じ、振り返る。
後ろを太田が歩いている。
まみ、怯え、早足になる。
まみの声「だんだんエスカレートしてきて」
12 まみのアパート・ポスト前(回想・夜)
まみ、ポストを開ける。
中には『まみたんへ』と書かれた小包。
開けると、中にはDVD。
まみ「……」
13 同・まみの部屋(回想)
テレビで再生しているまみ。
映像には、まみの部屋で、眠っているまみをバックに踊っている太田の姿が。
まみ、すぐさまテレビを消す。
14 物陰(回想戻り)
慎吾「そんな、都市伝説みたいなことある?」
まみ「ありますよ。おかげで散々です。アイドル活動だって続けられるかどうか……」
慎吾「いやいや、そんなレベルの話じゃなくない? 警察には言わなかったの?」
まみ「言いませんよ。それこそ終わりです」
慎吾「終わり?」
まみ「だって、警察に言ったら、後々大事になって、ニュースで報道されるじゃないですか。アイドルは可哀想だと思われたら終わりなんです」
慎吾「いやいやいや、でも、今の状況、マズいでしょ」
まみ「そんなこと言ったって……」
慎吾「それにほら、万が一相手が包丁とか持ってたら、それこそ……」
太田の声「まみたん?」
慎吾「えっ?」
振り返ると、包丁を持った太田がいる。
慎吾・まみ「……!」
太田「その男、誰?」
慎吾、周りをキョロキョロして。
慎吾「……(すっとぼけた様子で)あ、俺?」
太田「うぁああああああああ!(駆け寄る)」
慎吾「あー! ごめんなさい! ごめんなさい! すいません! すいませんでした!」
慎吾と太田、揉み合いになる。
まみ、急いでカバンをガサゴソし、消臭剤を取り出し、二人に連射する。
慎吾「うわっ……何コレ、えっ……あっ、いいにおい……あっ……」
太田が戸惑っているスキに、まみは慎吾の手を取り、逃げる。
慎吾「え、ちょっ……」
15 路上
まみに引っ張られる形で走る慎吾。
慎吾「おい!」
慎吾、まみの手を払う。
二人、立ち止まる。
慎吾「何、引っ張ってきちゃってんだよ!」
まみ「すいません……。一人じゃ怖くて」
慎吾「(一瞬キュンとするが)……やっぱ警察呼ぼう。ヤベーよアイツ。あー、何なら俺、呼ぼうか?」
慎吾、携帯を取り出す。
まみ、その手を押さえて。
まみ「やめてください!」
慎吾「……!」
まみ「……ここで終わりたくないんです。可哀想だと思われたくない。笑顔で踊り続けるアイドルでいたいんです」
慎吾「……」
まみ「……ごめんなさい。巻き込んでしまって。私一人で何とかします」
慎吾「うん……何とかして」
まみ、一礼し、一人でトボトボ歩く。
慎吾「……」
慎吾、その背中を見かねて追いかける。
慎吾「……(舌打ち)あーもう、分かったよ」
まみ「えっ?」
慎吾「俺が何とかしてやるから」
まみ「……」
慎吾「その代わり、それ以上は期待すんなよ。俺、一応彼女いるし」
まみ「……はい?」
慎吾「彼女……そっか、彼女!」
慎吾、急いでスマホを操作。
まみ「えっ?」
慎吾「うちの彼女ケーサツなんだよ」
まみ「ダメじゃないですか」
慎吾「大事にならなきゃいいんだろ? だったらこっそり逮捕してもらえばいい。あいつに何とかしてもらおう」
まみ「いやさっき、俺が何とかするって……」
慎吾、通話ボタンを押す。
16 大塚警察署・刑事課会議室〜廊下
ホワイトボードに『連続アイドル行方不明事件』と書いてある。
純子、入ってくる。
中には先輩刑事・西本雄吾(31)。
西本「おせーよ、鷺宮。会議始まってんぞ。しかもなんだその服。なめてんのか?」
純子「すいません。あの、事件って?」
西本「(ため息)例の行方不明事件だよ。また一人いなくなったんだと。しかもまたアイドル。キモオタの犯行か?」
純子「ああ……」
西本「……? なんか鳴ってんぞ」
純子「えっ?(と下を向いて)」
ポケットの中のスマホが鳴っている。
取り出して見ると、『慎吾』からの着信通知が大量に来ている。
純子「はぁ?? ……すいません」
純子、廊下に出て、電話に出る。
純子「あのさあ、今仕事中……えっ?」
17 大塚警察署・前
待っている慎吾とまみ。
しばらくして、純子が署から出てくる。
慎吾「あ、来た来た。おーい(手を振る)」
純子「……(無視して)」
慎吾「……」
純子「……事情は分かったけど、やっぱり私一人じゃ限界があると思う」
慎吾「いや~、そこを何とか頼むよ! 俺もなんかいろいろ、手伝うからさ」
純子「でも……今はもう追ってこないんでしょ? だったら今じゃなくても――」
慎吾「いや、違うんだよ、それがさ……」
18 路上(回想)
慎吾とまみ、歩いている。
振り返ると、太田が走っている。
逃げる二人。
慎吾の声「アイツ、どんなに遠くまで逃げてもすぐ俺らんとこ追いつくんだよ。千里眼でも持ってんじゃねえかっつって」
19 大塚警察署・前 (回想戻り)
慎吾「だから今、こうして頼んで――」
純子「ちょっと待って。……(まみに)あなた、そのストーカーに住居侵入されてたんだよね?」
まみ「はい……」
純子「……もしかしたらその時に、GPSをつけられたのかもしれない」
慎吾・まみ「ええっ」
× × ×
イメージ、アパート・まみの部屋。
太田、置いてあるまみのスマホを取り、操作。
慎吾の声「うそお」
× × ×
純子「たぶん、ここにいることもバレてると思う」
慎吾「ってことは、この近くにいるってことじゃん。逮捕できるんじゃねーの?」
純子「いや、警察署の前にわざわざ現れるとは思えない」
まみ「それに、相手包丁持ってますよ。危険です」
純子「……分かった。……私に考えがある」
20 地下駐車場
GPSアプリを見ている太田、中に入る。
目の前に、ド派手Tシャツを着た女性の後ろ姿(まみのスマホを持っている)。
太田「まみたん……!」
太田、駆け寄る。
女性、振り返ると、純子。
警察手帳を見せる。
太田「……!」
純子「武器を捨てなさい」
太田、純子に包丁を向け、
太田「……お前も俺の邪魔をするのか」
純子「いいから、指示に従いなさい」
太田「ッ……」
太田、包丁をゆっくりと下に向ける。
純子「(じっと見て)……」
が、すぐに、純子に向かって投げつける。
純子、とっさに避ける。
太田、逃げ出す。
純子「待ちなさい!」
純子、追いかける。
車の陰から様子を伺っている慎吾とまみ。
慎吾「ちょっ……見えない……え? どうなった? どうなった?」
走る太田、二人を見つける。
慎吾「はぁー!? なんで……」
太田、慎吾に飛び蹴り。
慎吾「痛ってえ!」
まみを捕まえ、車の窓を殴り、割る。
落ちたガラス片をまみに向ける。
純子、追いつく。
太田「来るな!!!」
純子「ジーザス……」
慎吾、起き上がって。
慎吾「うーわ、ドラマでよく見るやつ……」
太田「まみたんごめん……一緒に……死んでくれる?」
まみ「……(震える)」
純子「その子を放しなさい」
太田「うるせえ! 俺はまみたんと結婚して、子供を作って、夫婦二人三脚で楽しく暮らすっていう、ささやかな夢を持っていたのに、お前らのせいでぶち壊しだぁ!」
慎吾「なんで俺らのせいなんだよ!」
太田「まみたんは俺の生きる希望なんだ! 誰も俺を理解することなんてできない!」
慎吾「そんなに好きならもっとやりようあったろ? せめて卒業まで待つとかさ――」
太田「俺みたいなのがまみたんと結婚できるわけないだろ!」
慎吾「はあ?」
太田「俺はデブでブサイクで何の取り柄もない! 生まれた瞬間から異物なんだよ!」
慎吾「……」
太田「でも……まみたんは……」
21 ライブハウス・中(回想)
まみとツーショットでチェキを撮る太田。
まみ「太田さん」
太田「はっ……はい……」
まみ「(笑顔で)いつもありがとうございます」
太田「……」
太田の声「まみたんだけは、俺のことを受け入れてくれた」
22 地下駐車場(回想戻り)
太田「それなのに……あんな男と付き合いやがって!」
慎吾「はあー? お前まだくっついてると思ってるわけ?」
純子「(怪訝な顔で、慎吾に)え? 何? どういうこと? アンタ、浮気してんの?」
慎吾「あぁあ面倒くせえ! (まみと自分を指し)ココとココ、無関係! (純子と自分を指し)でココとココ、カップル!」
太田「……カップル?」
純子「とにかく! (太田に)アンタが言ってることは全部被害妄想。こんなことをしていい理由にはならない」
太田「ふざけんなよ! 分かったようなこと言いやがって! 本気で人を愛したこともないくせに!」
慎吾「……」
太田「俺はなあ――」
まみ「私は!」
太田「……え?」
まみ「……私は……いじめられっこでした。中学の頃から、ずっと」
太田「……」
23 まみの中学・教室(回想)
机に置かれた花瓶を見る中学生のまみ。
まみ「……」
花瓶を持ち、後ろのロッカーに運ぶ。
周りは「可哀想に」とヒソヒソ声。
まみの声「自分に自信がなくて、言い返すとか、刃向かうとかできなくて」
24 地下駐車場(回想戻り)
まみ「そんな自分を変えたくて、アイドルになったのに、グループに入ったらまたいじめられて」
純子「ええ……」
慎吾「ヘビー……」
まみ「でも……」
25 ライブハウス・中(回想)
太田とツーショットでチェキを撮るまみ。
まみの陰口を言っているであろうメンバーが視界に入る。
まみ「……」
太田「あのっ……これ」
太田、まみにシュシュを渡す。
まみ「あ……どうも」
太田「あのっ……今日もかわいかったです。あのっ……推しですっ……まみたっ……まみさっ……」
まみ「まみたんです」
太田「あ、はい、まみたん……。あのっ……うまく言えないけどっ……まみたんのっ……いつも元気でチャーミングなところが好きでっ……僕っ……いつも会社で『キモい』とかっ……よく言われるけどっ……まみたんの笑顔を見ると、僕も笑顔になれます!」
まみ「……」
太田「えっと……えーっ……何が言いたいかっていうと……えー、これからも笑顔で踊り続けてください、応援してます、大好きです!」
まみ「……太田さん」
太田「はっ……はい……」
まみ「……(笑顔で)いつもありがとうございます」
26 地下駐車場(回想戻り)
まみ「……こんなことになる前の太田さんは、すごく真摯で優しい人でした。根本的な解決にはならないけど、その時の太田さんの言葉は、アイドルになってよかったなって思えるぐらい嬉しかった」
太田「……」
まみ「だから……残念です。悲しいです。……前の太田さんに戻ってほしいです」
太田「……(無言で涙を流す)」
太田、力抜け、ガラス片を落とし、その場にへたり込む。
純子、駆け寄って。
純子「(腕時計を見て)15時23分」
慎吾「それ一応言うんだ」
純子「(遮り)確保!」
純子、太田に手錠をかける。
純子「……(ため息)」
太田「……(下を向いて黙っている)」
まみ、そんな太田を見つめている。
まみ「……」
27 路上
太田を捕捉中の純子と、その後ろの慎吾とまみ、歩いている。
純子「(まみに)ごめんね。さすがに事情聴取とかはやっとかないと。大事にはしないから安心して」
まみ「はい、大丈夫です」
慎吾「あのさ、この光景、結構異様じゃない? 大丈夫? これこそ大事じゃない?」
まみ「……(下を向いている)」
純子「(見ていて、まみに)ダメだよ、同情しちゃ。コイツ、ただの犯罪者なんだから」
まみ「……」
慎吾「てか、あれさ、ぶっちゃけホントは思ってないべ。演技っしょ、演技」
まみ「……思ってそうで思ってない、ちょっとだけ思ってたことを言いました」
純子「ラー油か」
慎吾「すげえじゃん。アイドルの鑑だね」
太田「あの、俺いるんですけど、ここに」
慎吾「(無視して)いや〜、こりゃビッグになるね〜。う〜ん」
まみ「……あの、すみません、ちょっとお手洗いに行ってもいいですか」
純子「え? ああ、いいけど……近くのコンビニ?」
まみ「はい。あと今日ライブがあって、マネージャーさんに電話しないといけなくて」
純子「分かった。すぐ戻ってきてね」
まみ、一礼し、去っていく。
慎吾・純子「……」
三人、気まずい空気。
純子「私たち、別れたんじゃなかったっけ」
慎吾「いや……あれは……冗談ってことにしてよ」
純子「……」
慎吾「……ごめんな。なんか、巻き込んで」
純子「……いいよ。仕事だから」
慎吾「……俺は純子のこと、本気で愛せてんのかな」
純子「……何急に」
慎吾「いや……なんつーか……さっきの聞いて、ハッとした……っていうか?」
純子「……本気で愛せてたら、こんな喧嘩ばっかりしないでしょ」
慎吾「だよなあ。……なんかまみちゃん見てたら、自分が情けなくなってきちゃったよ。やりたいことがあって、夢叶えて。いじめられても頑張ってんだもん」
純子「……」
太田「……(気まずい)」
28 人気のない道
小走りで歩いているまみ。
男の声「あ、これ、落としましたよ」
まみ「え? ああ……どうも」
まみ、振り返る。
男の手には、スタンガン。
まみ「……え?」
暗転。
29 路上
まみを待っている慎吾、純子、太田。
慎吾「遅くない? こんな遅いことある?」
純子「(思い当たった様子で)……太田」
太田「は、はい」
純子「アンタ、この子以外にもアイドルさらったりしたんじゃないの?」
太田「はっ? するわけないでしょ。俺はまみたん一筋ですよ」
純子「……そこで待ってて」
純子、急いで去っていく。
慎吾「えっ? おい! ちょ、どこ行くんだよ! 気まずいって!」
30 コンビニ・前
中に入っていく純子。
31 同・店内
純子、店員(女性)に尋ねる。
純子「あの、さっき私と同じTシャツ着た女の子、来ませんでしたか?」
店員「え? ……ああ、来ましたけど。もうとっくに店出た後ですよ」
純子「……」
32 同・前
辺りを見回しながら出てくる純子。
33 人気のない道
まみを探す純子。
辺りには誰もいない。
純子「ッ……」
34 路上
純子を待っている慎吾と太田。
純子、戻ってくる。
純子「……いなくなってる」
慎吾「ええ? 先帰っちゃったんじゃねーの?」
純子「そんなはずないと思う」
慎吾「え、じゃ、電話……あー、持ってねえ……(太田に)なあ、なんか、まみちゃんの電話番号特定とかしてねえの?」
太田「してないっすよ」
慎吾「なんだよ、使えねーな!」
純子「……GPS」
慎吾「……それだ。まだつけてるよな?」
太田「はい」
慎吾「ナイスストーカー! 気持ちが悪い!」
太田「……」
純子、太田のスマホを取り出し、GPSアプリを開く。
まみの位置、道路を移動している。
慎吾「……まみちゃんって、車持ってたっけ」
純子「持ってるわけないでしょ」
慎吾「……」
純子「……大事とか言ってらんない」
純子、すぐさま電話をかける。
35 警察署・廊下
歩いている西本のもとに着信。
西本「もしもし?」
純子の声「西本さん、私です」
西本「お前、どこいんだよ今? バックれてんじゃねーよお前」
純子の声「もしかしたら……今新たにアイドルが拉致されたかもしれません」
西本「え? え、何、どういうこと?」
純子の声「説明は後です。今から言う場所に捜査員を向かわせてください」
西本「はあ?」
36 車内
運転している男(尾上実・33)。
後ろの席には気絶して眠っているまみ。
スマホが鳴る。
尾上、車を止め、まみのスマホを見る。
『マネージャーさん』から。
37 路上
純子、電話を切る。
慎吾と純子、太田の会話が続いている。
慎吾「おいおい、いくらなんでもそりゃねーって。治安悪すぎるだろ、この街」
純子「でも、この状況、明らかにおかしい」
慎吾「あー、ほら、あれじゃない? 先にタクシーで帰ったとか」
純子「そんな素振り一回も見せなかった」
慎吾「それは……」
純子「とにかく、このGPSを追うしか……」
太田「……あ」
慎吾「えっ?」
アプリ画面、まみの位置が消えている。
慎吾・純子「あ」
38 車内
尾上がスマホの電源を切ったところだ。
尾上、スマホを座席に投げ、運転に戻る。
39 路上
慎吾と純子、太田の会話が続いている。
慎吾「……どうすんの」
純子「……手探りで探すしかないでしょ」
慎吾「……俺も手伝うよ」
純子「いいよ。アンタ仮にもただの民間人なんだから」
慎吾「でも、このままじゃ帰れねーよ」
太田「俺もです」
純子「アンタは元から帰れないでしょ」
太田「嗅覚には自信があります。ストーカーなめないでください」
慎吾「ちょっとカッコいいのやめろ」
純子「カッコよくねーよ」
慎吾「なんだったら、俺と一緒に探すか。な、二手に分かれた方が効率良いし」
純子「あのさあ、今護送中!」
慎吾「(太田に)逃げないっしょ?」
太田「はい」
慎吾「ほら」
純子「ほらじゃねーよ」
慎吾「大丈夫だって。俺がちゃんと見てるからさ」
純子「ふざけん――」
そこへ、純子に着信。
純子「……はい。はい。分かりました。ありがとうございます。……失礼します」
純子、電話を切る。
慎吾「誰から?」
純子「先輩から。今からこっち来てくれるって」
慎吾「……」
純子「(ため息)分かった。二手に別れよう」
慎吾「え、いいの?」
純子「アンタらいたら、余計ややこしくなるでしょ。私、GPSが途切れた地点探すから、二人はコンビニの近くもう一回探してみて」
慎吾「了解!(と、敬礼)」
純子「……(舌打ち)」
40 走るパトカー
41 パトカー・車内
運転している西本。
助手席に純子。
西本「……それ、ホントなんだろうな」
純子「ウソだったらこんなとこ来てませんよ」
西本「……じゃあヤベーな、この状況」
純子「ていうか、西本さん一人ですか?」
西本「お前の一言で何人も呼べるわけねーだろ」
純子「ですよね……」
42 人気のない道
まみを探している慎吾と太田。
慎吾「いないな……」
太田「やっぱり何者かにさらわれたんでしょうか」
慎吾「まさかあ。事情聴取とかめんどくなってバックレたんじゃねーの? 俺もよくバイトバックレたことあるし」
太田「まみたんはそんなことしません」
慎吾「そうかなあ」
太田「……あ」
太田、地面に落ちたシュシュを拾う。
× × ×
フラッシュ、ライブハウス・中。
まみにシュシュを渡す太田。
× × ×
太田「……」
43 廃校・教室
壁に座らされているまみ、目を覚ます。
立とうとすると、手錠で縛られているのに気づき、慄く。
目の前には、尾上が立っている。
尾上「起きた?」
まみ「……!」
尾上「僕、尾上実って言います。よろしくね」
と、爽やかな笑顔。
まみ「……?」
尾上「君を初めて見たのは……1週間前のライブかな」
44 ライブハウス・中(回想)
踊っているまみ。
最後列からまみを見ている尾上。
尾上の声「笑顔で踊る君を見てたら、いてもたってもいられなくなっちゃって」
45 廃校・教室(回想戻り)
尾上「今まで何人ものアイドルを殺してきたけど、君の笑顔は格別だった」
まみ「……えっ……ころっ……えっ……」
尾上「殺したくて殺したわけじゃないんだよ。仕方なかったんだ」
まみ「……嫌……嫌ぁああ!(暴れる)」
尾上「落ち着いて」
まみ「誰かぁあああ!!!」
尾上「聞こえないよ」
まみ「(息荒く)なんで……」
尾上「……あの時、僕も一緒にいたんだ」
46 まみのアパート・前路上(回想)
前に黒い車が停まっている。
まみ、車にぶつかりつつ、逃げていく。
車内の尾上、逃げていくまみを目で追う。
尾上の声「まさか、先を越されてるとは思わなかったけど」
47 廃校・教室(回想戻り)
尾上「でも、好都合だった。君を部屋から連れ出す手間が省けたからね」
まみ「……私、今日、警察の方と一緒でした」
尾上「ん?」
まみ「私が突然いなくなったら……不審に思って私のこと探すんじゃないでしょうか」
尾上「……そうか……」
まみ「そうです。だからもう……」
尾上「あ。……じゃあ、こうしよう」
まみ「……えっ?」
48 ライブハウス・控室
マネージャー・橋田が焦った様子で電話をかけている。
奥にはメンバーたち。
橋田「くっそ、出ねえ! 何やってんだあいつ! もう、始まっちゃうよ……(メンバーに)どう? なんか返信来た?」
メンバー1「いや……」
橋田「なんだよ……」
メンバー2「(スマホ見て)……? あの、インスタ更新されてるんですけど」
橋田「えっ?(と見る)」
『片山まみ』のインスタグラム。
(廃校の教室で撮られた)まみの硬い笑顔の写真が投稿されている。
『今日も元気にまみたんビーム!』と。
橋田「何やってんの……?」
49 路上(夕)
純子と西本、投稿を見ている。
西本「真面目に聞いた俺がバカだったよ」
西本、パトカーに乗り込み行ってしまう。
純子「……」
50 人気のない道
慎吾と太田、投稿を見ている。
慎吾「めちゃめちゃ無事じゃん」
太田「……」
慎吾「ってことはあれ、マネージャーの車か。なんだよ、人騒がせだなあ」
太田「……違う」
慎吾「えっ?」
太田「まみたんの文章は、いつも長くて、絵文字が大量に使われているんです。ほら」
太田、他の投稿を見せる。
大量の絵文字が使われた長文。
慎吾「ホントだ」
太田「それに、今日ライブでしょ?」
慎吾「ああ……なんか言ってたな」
太田「だったらもう始まってるはずなんですよ。こんなもの撮れるはずがない」
慎吾「……始まる前に撮ったんじゃない?」
太田「でもここ、ライブハウスじゃない」
慎吾「じゃあ、今日じゃなくて、昨日とか」
太田「今日と同じTシャツ着てるじゃないですか」
慎吾「……」
太田「……笑顔が違うんです」
慎吾「……えっ?」
太田「……こんなのまみたんの笑顔じゃない」
写真、引きつったようなまみの笑顔。
51 廃校・教室
まみと尾上。
尾上、スマホを見ている。
尾上「これで助けは来なくなったね」
まみ「……こんなことをしたって、いずれ怪しまれるだけですよ」
尾上「構わないよ。これまでだって、全部行方不明で処理されてるからね」
まみ「……」
尾上「……じゃあ、そろそろ始めようか」
まみ「……えっ?」
尾上「僕がしたいのは、殺人なんかじゃない」
尾上、スマホの画面を見せる。
ルーレットが表示されている。
『ゴリラのモノマネ』『一発ギャグ』
『キス顔披露』『足をなめる』など。
まみ「……? ……!」
尾上「僕は、僕の言う事を聞いてくれるおもちゃがほしいんだ」
尾上、スタートボタンを押す。
回るルーレット。
まみ「(震え)……」
52 人気のない道
慎吾と太田。
慎吾「じゃあ、一体、なんだっての」
太田「彼女さんの読み通りです。俺より何倍もヤバいやつに拐われたってことですよ」
慎吾「まさか……え、ど、どうすんの」
太田「特定するしかないでしょうね」
慎吾「場所を? どうやって?」
太田「……」
53 廃校・教室
まみと尾上。
回っているルーレット。
やがて、止まる。
尾上「フッ……なるほど」
尾上、まみにスマホの画面を見せる。
『一発ギャグ』に止まっている。
まみ「……(小刻みに首を振る)」
54 漫画喫茶・個室内
パソコンを起動させる太田。
それを後ろで見ている慎吾。
慎吾「手慣れてんねえ」
太田「最後の満喫、最後の特定です」
慎吾「でもどうやって? 後ろ真っ白だけど」
太田、フォトショップを開く。
慎吾「フォトショップ?」
太田「拡大するんですよ」
慎吾「……(気付き)あ、瞳に映った景色!」
太田「なんでちょっと嬉しそうなんですか」
55 廃校・教室
まみと尾上。
まみ「(震えながら)う〜! マンボウ!(と、頬を膨らませマンボウの真似)」
尾上、満足げに笑う。
56 漫画喫茶・個室内
まみの瞳を見ている慎吾と太田。
右目、窓とその外に広大な土地が見える。
太田「これは……」
慎吾「……校庭じゃない? 学校の」
太田「確かに。……あ、これ見てください」
太田、左目を指し、さらに拡大。
ブランコらしきものが見える。
慎吾「……中学校って、遊具あったっけ」
太田「なかったはずです」
慎吾「ってことは……」
慎吾・太田「小学校」
57 廃校・教室
まみと尾上。
尾上「じゃ、次」
まみ「もうやめてください……」
尾上「やめませんよー。これは僕の復讐だ。虐げられる側の苦しみを、もっとみんなに分かってもらわないと。生きる希望を失うほどの、極上の屈辱をね」
まみ「……」
尾上、スタートボタンを押す。
回るルーレット。
『足をなめる』に止まっている。
尾上「ハハ、最悪のやつ」
まみ「……(小刻みに首を振る)」
尾上「言っとくけど、僕は変態じゃないからね。たまたまここに止まったのがいけないんだよ」
まみ「助けて……」
58 漫画喫茶・個室内
慎吾と太田。
慎吾「でも、小学校っていっぱいあるくない?」
太田、慎吾に地図アプリを開いたパソコン画面を見せながら。
太田「……GPSが最後に表示されていたのはココ(と指差し)16時半頃です」
慎吾「うん」
太田「そして、インスタに写真が投稿されたのが17時頃」
慎吾「うん……それが?」
太田「つまり、まみたんが今いるのは(指差して)この場所から30分以内に着くことができる範囲だけです」
慎吾「おおー……え、ごめん、どういうこと?」
太田「……(スマホ見せ)出ました。この範囲にある小学校は2か所しかありません」
慎吾「分かった。……二手に分かれよう」
慎吾、急いで純子に電話をかける。
59 路上
早歩きの純子に着信。
純子「もしもし。今どこ? ねえ、やっぱりおかしいと思うんだけど……えっ? ……!」
純子、走り出す。
60 廃校・教室
まみと尾上。
まみ、動けず震えている。
尾上「できないか……つまらないな……ま、しょうがないか」
尾上、ロープを手に取り、まみに近づく。
まみ「……やります」
尾上「ん?」
まみ「やります……やりますから……助けてください……(泣きそう)」
尾上「そうこなくっちゃ」
尾上、ロープを放り投げ、まみに近づく。
ガラガラとドアが開く音。
純子が現れ、尾上に警察手帳を見せる。
純子「警察です」
尾上「……なぜ」
純子「大人しく捕まりなさい」
尾上「……」
尾上、素直に両手を後ろにやり、純子に近づく。
が、次の瞬間、ポケットに隠し持ったナイフを出し、純子の脚を切る。
倒れる純子。
61 別の廃校・廊下
歩く慎吾と太田。
太田「いませんね……」
慎吾「戻ろう」
太田「はい」
二人、走り出す。
62 廃校・教室
まみの隣で縛られている純子。
純子「……連続アイドル行方不明事件。これはアンタの仕業?」
尾上「まあ、そうなんじゃないですか」
純子「アイドルを狙ったのは? なんで?」
尾上「アイドルって、ファンを相手に商売をしてるでしょ。ファンの心を支配している。そんな彼女たちが支配される側に陥ったら、さぞ屈辱的だろうなあと思って」
純子「(怒り抑え)……殺したの?」
尾上「いいえ。僕は彼女たちに命令を与え続けました。すると、みんな決まってこう言い出すんです。『殺してくれ』って。だから、『殺してあげた』が正しい表現です」
純子「ふざけないで!」
尾上「はい?」
純子「アンタは彼女たちを二度殺した。彼女たちの心を殺しそして肉体をも殺した。私はアンタみたいな人間を絶対に許さない」
尾上、純子にナイフを向ける。
純子「……!」
63 同・前路上
太田「ペイペイで(とスマホタッチ)」
タクシーから降り、走り出す慎吾と太田。
64 同・教室
純子にナイフを向けている尾上。
純子「……アンタの目的は何」
尾上「目的? 目的なんかないですよ」
純子「じゃあどうして? どうしてこんなことするの?」
尾上「んー……そうですね。僕にはある嫌な記憶がありましてね」
純子「嫌な記憶?」
尾上「昔、この学校である拷問が行われていたんです。それはそれはむごい拷問でした。トイレに顔を沈められ、同級生の足を舐めさせられ、犬のフンを食べさせられたことだってありました。僕は人間としての尊厳を失い、生きる希望をなくした」
純子「だから……同じ方法でアイドルたちに拷問を?」
尾上「はい。だって不公平じゃないですか。僕だけが屈辱を受けているなんて。もちろん僕をいじめた奴らにも同じ方法で復讐しました。でもそれじゃ満たされなかった。一度植え付けられた痛みを晴らすには、同じように痛みを与え続けるしかないんですよ」
純子「ッ……」
純子、後ろ手をバタバタさせる。
尾上「正義感が強くて何よりです。あなたにも、拷問のしがいがありそうだ」
純子「……!」
尾上、ゆっくりと純子に近づいていく。
ガラガラとドアが開き、慎吾が現れる。
純子「慎吾……」
尾上「……今度は誰です?」
慎吾「(純子を指し)そいつの、彼氏……っす」
尾上「へえ。ちょうどよかった。今から彼女を殺そうと思ってたところなんですよ」
慎吾「えっ……ええっ?(と、作り笑いし)何言ってんすか」
尾上「嫌なら、隣の彼女でもいいですよ」
尾上、まみにナイフを向ける。
慎吾「そんっ……そ、そういうのやめません? どっちも殺さないとか、ナシすか? ねえ、なんか、そっちの方が新しい……」
尾上「ナシですね」
慎吾「……」
純子「……何してんの? 早く逃げて」
慎吾「……いいから二人とも解放しろっつってんだよ」
尾上「……はい?」
慎吾、純子を指して。
慎吾「そいつは俺の彼女だ。血液型はA型で、好きな食べ物はイカの塩辛。そいつの父親はアンタみたいな奴に殺された。だから刑事になって、街の平和を守ろうとしてる。それに比べて俺は、ゲームするか、酒飲むか、ネットフリックス見るかしかしてない」
純子「……」
慎吾「(尾上に)お前……あれだろ? どうせ、生きてる価値がある人間と、そうでない人間を、選別、かなんか、してんだろ?」
尾上「別にしてないですけど」
慎吾「だったら、俺が生きる価値のない人間日本代表として、死んでやる。だから二人とも解放しろ」
純子「何言ってんの……?」
尾上「言われなくても、どちらにせよ、あなたも殺すつもりですよ」
慎吾「殺すのは俺だけでいい」
尾上「(嘲笑し)彼女さんの前だから、カッコつけたくなったんですか?」
慎吾「……そうかもしんないな。人前でカッコつけることしか考えてなくて、刑事ドラマに憧れて、刑事を目指そうとした時期もあったよ(と、自嘲的に笑って)」
純子「(初耳で)えっ……?」
慎吾「でも俺はダメだ。何をやっても中途半端。夢をコロコロ変えてくうちに、自分が何になりたいのか分からなくなった」
純子「……」
慎吾「でも純子は違う。人のことを第一に考えて、誰かのために命を投げ出す勇気もあって、ダッサいTシャツ着てても気にしない。そんなところが好きだった。俺なんかよりずっとカッコいいよ」
純子「……」
慎吾「まみちゃんだってそうだ。自分の夢のために一生懸命で、何度いじめられても這い上がれる強い子だ」
まみ「……」
慎吾「あのさあ、俺、アンタの気持ちとか、よくわかんないけどさあ、みんなそれぞれそれなりに、良いことも嫌なことも全部背負って必死に生きてんだわ。だから……そういう人たちのことを邪魔するのは……やめてくんないかな」
尾上「……」
慎吾「……(土下座し)お願いします。俺だけ殺して、二人は解放してください!」
尾上「(フッと笑って)下らない」
尾上、純子にナイフを向ける。
尾上「人間が最も希望を感じる瞬間が何か分かりますか? ……誰かの絶望を見ることです。結局、誰かを憎むことでしか、人は生きていけないんですよ」
尾上、純子にナイフを振り上げる。
慎吾「……!」
その瞬間、ベランダから何者かが現れ、尾上の体にのしかかる。
太田だ。
太田「テメーこの野郎!」
尾上「……!?」
太田「まみたんに手ぇ出しやがって! こんの変態がぁ!」
慎吾「おおお、それお前が言う?」
純子「え……どういうこと?」
慎吾「(ベランダを指し)おとり作戦」
65 同・ベランダ(回想)
慎吾と尾上のやりとりを見ている太田。
慎吾の声「俺が引き付けてる間に、コイツがずっとスタンバッてたってわけ」
66 廃校・前路上(回想戻り・夜)
パトカーが停まっている。
連行されていく尾上。
太田も連行されていく。
まみ、追いかけて。
まみ「太田さん!」
太田、立ち止まる。
太田「……俺みたいなキモい奴がまた現れたらさ、今度はちゃんと守ってもらってね」
まみ「……」
太田、パトカーに乗せられていく。
慎吾と純子、背後から現れる。
純子「善人ぶりやがって。ムカつく」
慎吾「……まあ、改心したってことで、いいんじゃないの?」
純子「……(ため息)」
まみ「あの……ありがとうございました」
純子「今日はホントに大変だったでしょ。大丈夫? トラウマになってない?」
まみ「大丈夫です……多分」
純子「今日はゆっくり休んで」
まみ「はい」
純子「……結局大事になっちゃったね」
まみ「……」
慎吾「……いいんじゃないの?」
純子「え?」
慎吾「別にいいじゃん。可哀想だと思われても。周りにどう思われようが、ファンは君の笑顔を待ってるよ」
まみ「……そうですね」
慎吾「ライブ、俺も行けたら行くから」
純子「……それ行かないやつじゃん」
慎吾「は? いや、行くから! 絶対行けたら行くから!」
まみ「……(微笑んで)」
67 同・前路上(夜)
まみが帰った後。
二人きりで話している慎吾と純子。
純子「……あれって本心?」
慎吾「え?」
純子「私のこと……好きとかどうとか」
慎吾「……言ったろ。ただの時間稼ぎだよ」
純子「……」
慎吾「……思ってそうで思ってない、ちょっとだけ思ってたことを言っただけ」
純子「……そう」
慎吾、包帯が巻かれた純子の脚を見て。
慎吾「……つか、怪我大丈夫なのかよ」
純子「まあ、慣れてるから」
慎吾「やっぱ大変なんだな、刑事って」
純子「当たり前でしょ」
慎吾「……俺じゃないかもな」
純子「え?」
慎吾「なんつーか、今までどんだけ俺が迷惑かけてきたか、今日でようやく分かったよ」
純子「……」
慎吾「……別れよっか」
純子「……そう」
慎吾「……じゃ」
純子「……待って」
慎吾「……」
純子「それで逃げ得するつもり?」
慎吾「逃げ得って……」
純子「……テレビの修理代、ちゃんと働いて返してよ。……それまでは……一緒にいてあげるから」
慎吾「……そっかあ……」
純子「何」
慎吾「嬉しいんだか、しんどいんだか……」
純子「そこは嬉しがりなさいよ」
慎吾「……(笑って)」
月を見ている二人。
【了】
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