毒リンゴは誰が食べた【北のシナリオ大賞2次選考通過作品】 ミステリー

「食事のリンゴには毒が入っている、先にやらないと殺される」。北海道の山奥にある施設に収監された新之介(17)は先輩の隼人(18)にささやかれる。半信半疑だった新之介だが、次第に過去のある記憶を思い出し、復讐心を募らせる。  彼らを厳しく監理し、怪しい行動をみせる安達広夢(34)は、長い残響の銃声の悪夢で目を覚ます日々を送っていた。彼もまた過去の出来事に苦しんでいた。 2人の正体は?施設の秘密とは?北の大地を舞台にした社会派ドラマ。
飯田瑞貴 138 2 0 07/01
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第一稿

   雨が地面を打ちつける音
   パトカーのサイレン
   「パーン」と残響の長い銃声

   鉄製の扉が閉まり、鍵が掛かる音
   遠ざかっていく足音

   小 ...続きを読む
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   雨が地面を打ちつける音
   パトカーのサイレン
   「パーン」と残響の長い銃声

   鉄製の扉が閉まり、鍵が掛かる音
   遠ざかっていく足音

   小窓から聞こえるさえずり

新之介「ここ、どこだ!そうか、俺はもう」
新之介モノローグ(以下M)「俺は灰色の壁に囲われた部屋で目を覚ました。高い位置にある小窓からわずかに光が差し込むが、空はほとんど見えない」
隼人「やっと起きたのか。寝ぼすけ」
新之介M「その声は、壁の一部にはめられた鉄格子の奥からだった」
新之介「あんたは?」
隼人「先輩に向かって、生意気な新入りだな」
新之介「ここ、長いの?」
隼人「覚えてねーな」
新之介「へえ、先輩って訳か。よろしくなアニキ」
隼人「新入りのくせに馴れ馴れしいな」
新之介「まあまあ、いいじゃん。アニキは何してここに?」
隼人「それなりの理由がないとこんなところには居ないだろうな」
新之介「それもそっか」
新之介M「アニキはゆっくりと腰を上げ、右足を引きずりながら鉄格子に近づいてきた。通路越しでもすらりとした長身が目立った」
隼人「そういう新入りは、どうして?」
新之介「……俺はただ、生きるために」

   鉄格子を叩く音

隼人「そうか、訳ありみてーだな。まあ落ち着け。奴らに聞こえんぞ」
新之介「こんなところ、早く……」

タイトル・毒リンゴは誰が食べた

隼人「そんなにここから出たいか?」
新之介「当たり前だろ」
隼人「それなら早いほうがいいかもな」
新之介「どういう意味?」
隼人「今朝、奴らが持ってきたもん覚えてるか?」
新之介「なんだよ急に」
隼人「朝メシだよ。あの、赤い」
新之介「あ、リンゴ?うまかったな」
隼人「そう。俺は食べなかった」
新之介「いい年して好き嫌いかよ」
隼人「毒が入ってたら?」
新之介「え?」
隼人「俺たちを手懐けて、洗脳するための、毒が入ってたら?」
新之介「いや、たしかに変な形だったけど、まさか」
隼人「あの汚い大人たちだぞ?そのくらい疑った方がいいんじゃねーのか?」
   
    事務所のざわめき

事務所のラジオ「あすは発達した低気圧の影響で全道的に雨が降るでしょう。来週以降も雨は続き……」

   リンゴにかぶりつく音

舞子「(リンゴ食べながら)安達先輩。また雨ですって。北海道に梅雨がないって絶対ウソですよね」
安達「それは嫌になるね」
舞子「そのくせ、夏はしっかり暑くなるじゃないですか。地球がおかしくなってるんですかね」
安達「そうかもね」
舞子「相変わらず冷めてますね。てか、このリンゴいけますね。形はいびつですけど味は間違いなし!先輩は食べないんですか?」
安達「俺は、いいかな」
舞子「嫌いなんですか?こんなに美味しいのに!」
安達「そ、そういう訳じゃないけど。ほら今、仕事中だよ」
舞子「はーい。すみません」
安達「仕事は慣れた?最近入った新入り、かなり問題児みたいだから注意して見ておいてよ」
舞子「分かりました」

   鉄格子を叩く音

隼人「先に手を打たないか?」
新之介「え?」
隼人「リンゴだけじゃない。奴ら、俺たちが寝た後に部屋の前まで来て何か企んでるみたいだぜ。早くしたほうがいい」
新之介「でも、ここから抜け出す方法があるってのか?」
隼人「抜け出すだけじゃない。あの大人たちをびびらせて、この手で同じ目に遭わせてやんだよ」

   鉄格子を強く叩く音

新之介「……確かに奴らは憎いけど」
隼人「どうした?怖じ気づいた?まあ、一晩ゆっくり考えたらいい」

   小窓から聞こえる雨の音
   足音が近づき、止まる

新之介M「アニキの言う通りだ。暗くてよく見えないけど、こんな時間に何やってんだ?」

新之介M「大雨のその晩、夢を見た」

新之介の兄の声「今日は兄ちゃんがお前の好きなリンゴ食わせてやるからな」

新之介M「夢の中での俺はまだ小さくて、兄ちゃんがいた」

新之介の兄の声「母さんを困らせないようにいい子で待ってるんだぞ」

新之介M「忘れようとしていた記憶をはっきり思い出した。あの雨の日、兄ちゃんが出て行ったこと。そして、帰ってくることはなかったこと。兄ちゃんはあの大人たちに殺されたんだ」

   小窓から聞こえるさえずり       

新之介「起きてる?アニキ」
隼人「おお、新入り。やる気になったか?」
新之介「ああ、もうなりふり構わないよ」
隼人「そういうと思ったぜ。その意気だ」
新之介「で、どうすれば?」

   事務所のざわめき

舞子「先輩、最近、あの新入り君が全然ご飯食べないんですよね」
安達「そうなの?単純に、食欲ないんじゃない?」
舞子「それならいいんですけどね。何にも話してくれないから何考えてるのか」
安達「そんなこと考えなくていいんだよ。変に同情しない方がいい」
舞子「別に、同情っていうか。先輩って昔からそうなんですか?」
安達「何が?」
舞子「あの子たちにちょっと厳しいっていうか。冷めてるっていうか」
安達「別にそんなこともないでしょ」
舞子「そうですかね」

   鉄格子を叩く音

隼人「うっせーぞ、新入り」
新之介「さすがに、腹が減って死にそう。リンゴ以外は食っていいんじゃないの?」
隼人「駄目だ。もう少し我慢しろ」
新之介「おい、自分は食ってんじゃん。人ごとだと思って」

   事務所のざわめき
   電話の着信音
   
舞子「(電話に出て)はい、もしもし」
電話の男「(被せ気味に)その職場ではいつまで人殺しを働かせるんですか~」
舞子「きゃ、なんなんですか!」
安達「どうしたの」
舞子「なんか、人殺しがどうたらって」

   心臓がどくんと鳴る音

安達「そんなイタズラ相手にしなくていいから。切っていいよ」
電話の男「もしもし~聞いてますか~?」
舞子「でも」
安達「いいから切って!早く!」
舞子「は、はい」

   電話を切る音

安達「最近よく掛かってくるんだよね。ほんと迷惑だよ」
舞子「そうなんですね」
安達「あ、そろそろ巡回行ってきてもらっていい?」
舞子「分かりました」

   事務所の扉が閉まる音
   遠ざかっていく足音
   ロッカーに鍵を回して、開ける音

安達「これを使って俺は……」

   事務所の扉が開く音
   慌ててロッカーを閉める音

安達「あれ、巡回は?」
舞子「ちょっと忘れ物しちゃって」
安達「そっか」
舞子「そのロッカー、何入ってるんですか?」
安達「え?ああ、古い掃除道具だよ。ずっと放置されてるからそろそろ処分しなきゃね」
舞子「私、やっときますよ」
安達「いい!早く、巡回に戻って!」
舞子「先輩?そんなに怒らなくても。言われなくても戻りますよ」

   遠吠えや虫の鳴き声

新之介「なあ、アニキ」
隼人「なんだよ、起きてると余計に腹が減るぞ」
新之介「アニキのふるさとはどんなところだった?」
隼人「なんだよ急に。ふるさと?よく覚えてないな。俺は施設を転々としてたから」
新之介「そっか。そこでは楽しかったのか?」
隼人「ああ、毎日最高だったよ。ここと違ってうまいメシにありつけて、かわいがられた」
新之介「それはよかったな。俺にはほんとの兄ちゃんがいるんだ」
隼人「へえ、俺とは違って優しいお兄ちゃんっだったってか」
新之介「そんなことは言ってないじゃんか。けんかも強くて憧れの兄ちゃんだったんだ」
隼人「兄弟そろって荒くれもんかよ」
新之介「いつも、俺の味方してくれて母ちゃんの代わりに面倒見てくれたんだよ」
隼人「いまは何してんだ?お前がこんな所にいるの知って悲しんでんじゃねーの?」
新之介「死んじゃったんだよ。俺が小さいときに」
隼人「そうか。病気か?」
新之介「殺されたんだ。あの大人たちに。確かにやんちゃだったけど、兄ちゃんが死ぬ必要はなかったんだよ……」
隼人「……お前、そうだったか。そのエネルギーを使う時はもうそろそろだ」
新之介「ああ、分かってる」
隼人「もう、明日に備えて寝ておけ。俺も寝るぞ」
新之介「うん、また明日な」

   事務所のざわめき
  
舞子「やっぱり、私心配です」
安達「何が?」
舞子「新入り君の件ですよ。3日もほとんどご飯食べてないんです」
安達「気にしすぎじゃない?」
舞子「きっと、具合が悪いんです。ドクターに連絡してもいいですか?」
安達「気にかけすぎだと思うけどね。まあ、分かったよ」

   電話を掛ける音

   近づいてくる足音

隼人「新入り、来たぞ。分かってるな」
新之介「おう」
  
   さらに近づく足音
   心臓が高鳴る音   
   止まる足音
   鉄製の扉の鍵を開ける音
   さらに大きくなる心臓の音

   事務所のざわめき

舞子「良かったですね!ひとまず、なんともないみたいで」
安達「そうだね」
舞子「でも、食事のメニュー変えた方がいいですかね?特にリンゴは全く手を付けないんですよ。先輩と同じで嫌いなんですかね」
安達「別にそこまでしなくていいよ。好き嫌いにまで付き合う必要ないでしょ」
舞子「そうかもしれないですけど、やっぱり美味しく食べてほしいですし」
安達「あのさ!あいつらはお客さんじゃないんだよ!あいつらのせいで、苦しんで、人生が変わってしまった人たちがたくさん居るんだよ!」
舞子「そんなこと、分かってますけど」
安達「だったら、もう少し真剣に仕事に向きあってよ。この前も書類の記入、間違ってたから」
舞子「すみません。でも、そこまで言わなくてもいいじゃないですか!」
安達「いや、それは」

   立ち上がり、歩く足音

安達「どこ行くの」
舞子「ちょっと、巡回行ってきます」

隼人「みすみす、何やってんだ!」
新之介「ごめん、とちった」
隼人「奴らを一気にやるチャンスだったじゃないか」
隼人「仕方ないだろ!思ったより人数が多かったんだよ」 
隼人「びびったのか。腰抜けだな」
新之介「そんなに言うなら、アニキが自分でやればいいだろ!アニキも恨みがあるんだろ?」
隼人「ああ、もうお前には何も言わないよ」
新之介M「それから、アニキとは口を利かなくなった」

   電話の着信音

舞子「もしもし。……え、ほんとですか」

新之介M「最近、アニキの部屋の前に奴らが集まることが多くなった。まあ、俺の知ったことじゃないけど」

   小窓から聞こえる鈴虫の音

隼人「新入り。起きてるか」
新之介「おお、どうしたんだよ」
隼人「久しぶりだな」
新之介「最近、やけに騒がしいじゃん。なんか企んでんのか?」
隼人「まあ、お前には関係ないだろう」
新之介M「月明かりが照らすアニキの姿は、前よりげっそりして見えた。引きずっている右足は変形し、膝下はほとんど骨のような細さになっている」
新之介「あっそ。そういえば、その右足は?」
隼人「これか?もう使い物になんねーよ。走ることもできない。ガキのころは足が速いのが自慢だったんだけどな」
新之介「怪我かなんかで?」
隼人「やられたんだよ」
新之介「え?」
隼人「前に施設で育ったって言っただろ」
新之介「ああ、最高って言ってたじゃん」
隼人「お前は、人の言葉を信じすぎだ。そんなんだから大人たちに騙されるんだよ!お前も、お前のアニキも!」
新之介「え?その施設でやられたの?」
隼人「かけっこばかりしていた俺を、奴らは無理矢理自転車に乗せるんだ」
新之介「自転車?」
隼人「そう、うまく漕げないと」

   鉄格子を叩く音

隼人「思いっきり、ぶたれる」
新之介「ひどい」
隼人「最初の方はまだましさ。そのうちムチが飛んできた。分厚い革の。自転車が下手だった俺は、『うすのろ!』『役立たたず!』耳元で怒鳴られながら、毎日、毎日、叩かれた」

   さらに強く鉄格子を叩く音

隼人「そのうち足が駄目になった」
新之介「やり返そうとは?」
隼人「最初はそう思ったよ。ただ、施設には仲間がいた。俺が半端に仕返ししたら、今度は仲間が同じ目に遭う」
新之介「……アニキ」
隼人「じっと耐えた。そしたらある日、施設が火事になって全部燃えたんだ」
新之介「え?」
隼人「俺はなんとか逃げ出せた」
新之介「ほかの連中は?」
隼人「みんな焼け死んだ。俺をいじめていた汚い大人たちも。ただ、仲間が死んじまったのは本当に悲しかった。唯一分かり合える同士だったからな」
新之介M「俺はアニキを誤解していた」
新之介「それはつらかったな。でも、それで自由になれたんでしょ?」
隼人「そう思ったよ。やっと解放されたと。そしたら今度は別の大人が来て、俺を連れて行った。そんで気付けばこの部屋の中って訳だ」
新之介「そんな、アニキは悪くないじゃん」
隼人「なあ、新入り。……まだやる気あんのか?」
新之介「あるよ。一緒にここから出よう」
隼人「俺は駄目だ」
新之介「え?アニキがやらないと意味ないじゃん」
隼人「この足じゃ、本当に足を引っ張るだけだ。それに俺は……」
新之介「なんだよアニキ!」
隼人「お前は、生きるんだ!」

   小窓から聞こえるさえずり

新之介M「数日経ったある朝起きると、アニキの部屋が綺麗に片付けられていた」

   ラジオから大雨を伝える天気予報
   舞子が鼻をすすって泣く     

舞子「なんで、こんなことしなくちゃいけないんですかね」
安達「日高さんはここに来てから初めてだったね。理不尽って思う?」
舞子「え?」
安達「でもね、仕方のないことなんだよ」
舞子「かもしれないですけど」
安達「分かったら、仕事に戻って」
舞子「私、分からなくなりました。よくそんな冷静で居られますね」

   立ち上がり、歩く足音
   事務所の扉の開閉音
   
   小窓から聞こえる雨音

隼人の声「チャンスは一度きりだ。この方法しかない。お前は、生きるんだ!」
新之介「俺やるよ。アニキやアニキの仲間たちのためにも……」
  
   雨音
   玄関ドアを閉める音

光二「しっかしすごい雨だな。兄さんから借りた革靴も礼服もべちょ濡れでわやだわ」
安達「いいよ、どうせクリーニング出すから」
光二「すまんね。せっかく梅雨から逃れられると思ったのに」
安達「父さんの葬式以来だっけ?北海道は」
光二「んだ。もう1年経つんだな。そういや、俺の部屋どうなってる?布団あんの?」
安達「あ、それは」

   ふすまを開ける音

光二「なんじゃこれ、ゴミ屋敷じゃん」
安達「全部父さんの遺品だよ」
光二「親父、無駄に多趣味だったもんな。  おいおいこのガンロッカー」
安達「大丈夫。ちゃんと署に届け出してるよ。警官の弟に取り締まられる訳いかないからね」
光二「今は兄さんが?」
安達「……いや、光二は怖くないの?」
光二「怖いって何が?」
安達「拳銃。いつも身に付けてるしょ」
光二「うん、怖いよ。これ一つで人を殺すことができる」
安達「光二もそうなんだ」
光二「でも、その分、真剣に向き合ってるよ。兄さんはあれ以来?兄さんの腕前なら俺なんかより」
安達「(遮って)悪い、先に寝るから。光二もリビングに布団下ろして適当に寝て」

   雨音
   パトカーのサイレン
   「パーン」と残響の長い銃声

男の声「人殺しめ!」
女の声「なにもそこまでしなくたって、ほんとかわいそう」
男の声「この人でなし!」

罵倒する声が歪んでこだまする

安達「(荒い息づかいで)ゆ、夢か」

   事務所のざわめき

舞子「最近はおとなしいですね」
安達「そうだね。あんなに荒れてたのに」
舞子「やっぱり、相棒がいなくなって、さみしいんですよ」
安達「もうすぐ大部屋に移すから、馴染めるといいね」

   事務所の扉の開閉音

安達「あ、橋本さん。いつもすみません」

段ボール箱を机に置く音

橋本「よっこらせっと。またみんで食ってや」
舞子「わー!美味しそう!でも、ほんと変な形ですよねこのリンゴ」
橋本「まともな形のやつは、みんなやられちまったんだ!」
舞子「やられたって?」
橋本「不届き者の野郎が、みんな食い荒らしちまうんだ。こそ泥のくせして選り好みしやがって」
安達「まあ、落ち着きましょうよ」
橋本「落ち着いてられっかよ。こっちは生活がかかってんだ。安達くん、前みたいにあいつらをとっちめてやってくれや」
舞子「どういうことですか?」
安達「僕はもう、やらないんです」
橋本「そうかい。みんな戻ってきてほしいって言ってっけどな」

    車の走行音

光二「親父、SATでは伝説のスナイパーって言われてんだぜ。俺も伝説の血を継ぐ2世って期待されちゃってやりにくいんだよ」
安達「そんなすごかったんだ」
光二「全然仕事の話しなかっったもんな」
安達「うん。でも銃の腕前はほんとピカイチだった」
光二「腕前だけじゃないよ」
安達「え?」
光二「ブレない気持ちが大事なんだよ。ま、親父の受け売りだけどね。あっ、兄さん、もうそのへんでいいよ」
安達「わかった」
   
   車を停める音
   ハザードの音

光二「世話になりました。次来るまで俺の部屋片付けといてよ。さすがにリビングに雑魚寝じゃ首が痛いわ」
安達「うん。業者にでも頼んで綺麗にしとくよ」
光二「じゃあ、ありがとな」
安達「うん。気をつけて」

   助手席の扉を開ける音

光二「兄さん、あまり自分を責めるなよ」
安達「分かってるよ。けど」
光二「そうするしか、なかったじゃないか」
安達「うん」

   エゾゼミの鳴き声

新之介M「夏の終わり、俺は大部屋に移され、昼間は外の運動場に出れるようになった」

新之介「この空、俺のふるさとにもつながってんのかな」

   事務所のざわめき
   ラジオから大雪を伝える天気予報

舞子「あっという間に冬ですね」
安達「早いね。何年住んでても寒いのは慣れないな」

   暴風雪が小窓を揺らす音

新之介M「アニキの言うとおり、静かに冬になるのを待った」

雪を踏みしめたり、雪山を掘ったりする音
   
新之介M「少しずつ、準備を進めた。そして、ついにこの日が来た」

事務所の内線の着信音

舞子「(電話に出て)はい、えっ!安達先輩、大変です!」

   ヘリコプターが飛んでいる音

男性リポーター「ただいま、脱走事件の現場上空から中継でお伝えしています。繰り返します。午後2時ごろ、滝別町でクマが逃げ出しました!滝別町のクマ牧場で雄のヒグマ1頭が逃げ出したという情報が入りました!」

   逃げ惑う客の悲鳴

安達「皆さん、落ち着いて、出口に向かってください。大丈夫です。職員の指示に従って落ち着いて進んでください」

   ヘリコプター機内の音

男性リポーター「上空からは、来園者が出口の方に移動して行くのが見えますが、クマの姿は確認できません!あ!ただいま入った情報によりますと、クマは運動場に積もった雪山を駆け上がり、柵を越えて逃げ出したとみられるということです!」

舞子「猟友会と警察はまだなんですか!」
安達「夜に降った雪で足止め食らってるのかも。日高さん、この鍵で開けてアレ、持ってきてくれる?」

   鍵を手渡す音

舞子「なんですか?」
安達「事務所のロッカーに銃が入ってる」
舞子「麻酔銃ですか?」
安達「いや、猟銃だよ。麻酔はすぐ効かないしかえって興奮させて危険だ」
舞子「どうするんですか?」
安達「わかってるだろ。それに、俺も元猟友会なんだ。いいから、早く!」
舞子「は、はい!」

   ヘリコプター機内の音

男性リポーター「あーっと!今、物陰に、ヒグマの姿を確認できました!クマがいました!体長は2メートルほどでしょうか!かなり大きなクマが、広場の方に歩いて行きます!」

安達「来たな、新之介」

   ヘリコプター機内の音

男性リポーター「クマの50メートルほど前方には飼育員とみられる男性が立っています!警察と猟友会はまだ到着しません!」

   「ワーン、ワーン」と新之介の鳴き声

隼人の声「あいつらに、この足を」
新之介の兄の声「いい子にして待ってるんだぞ」

新之介M「兄さん、アニキ。見てて」

   新之介の鳴き声

   ヘリコプター機内の音

男性リポーター「クマがどんどん飼育員に詰め寄っています!このままだと大変危険です!」

舞子「先輩、これ」

   猟銃を手渡す音

安達「ありがとう。下がってて」
舞子「先輩……」

   猟銃に弾を込める音
   
    ヘリコプター機内の音

男性リポーター「今、飼育員に猟銃のような物が渡されました!これから駆除が始まるとみられます!」

安達「新之介。すまなかったな。俺たちのせいだよな。お前の家族や仲間が居なくなったのも」

   ヘリコプター機内の音

男性リポーター「あー?飼育員の男性が猟銃を地面に置きました。どういう意図があるんでしょうか」

舞子「安達先輩!」
安達「ほら、もう怖がらなくてもいいんだぞ。俺と遊ぼう」

安達の声「おーい新之介。お前、お腹痛いのか?全然食べないから心配してるんだぞ」

   新之介の鳴き声

安達の声「おーい新之介、俺が絶対治してやるからな」

安達の声「新之介~。やっと食べれるようになったのか!よかったなあ!」

   新之介の鳴き声

隼人の声「毒が入っていたら?」
安達の声「お前、リンゴだけは食べないよな~。こんなにうまいのにな」

安達「新之介~。うちに帰ろうや」

   ヘリコプター機内の音

男性リポーター「今、クマが後ずさりして歩き出しました」

安達「よし、偉いぞ~新之介。そのまま帰るんだ」
舞子「よかった~」

   スマホで動画を撮る音  

男性客「緊急で動画回してまーす。まじででけーな」
安達「ちょっと、何やってるんですか!危ないからすぐ逃げてください!」
男性客「いや、絶対バズりますよ。ここの宣伝にもなるんすから、ちょっとくらいいいっしょ」

   新之介の鳴き声

男性客「うわ、おっかね。ほら、おやつ食えよ」

   ヘリコプター機内の音

男性リポーター「あ~!今、男性がクマの方に何か投げつけました。これ以上クマを興奮させてはいけません!」

安達「何やってんだよ!」
男性客「いや、腹減ってるかなと思って」

   新之介の鳴き声

隼人の声「お前は、生きるんだ!」

   ヘリコプター機内の音

男性リポーター「あ~。一度、運動場の方向に歩き出したクマがまた、広場の方に戻っていきます!」
    
   新之介の鳴き声

安達「新之介!だめだ、これ以上、こっちに来るな」
舞子「新之介、戻って!」

安達の声「大部屋に移ってもみんなと仲良くやるんだぞ~。お前はちょっとけんかっぽいからな」
隼人の声「あいつらに、ふるさとも、家族も全部奪われたんだ」
安達の声「お前のアニキ分の隼人のこと、治してやれなくてすまなかったな」

安達「新之介、ほら、うちに帰ろう」
男性客「あっちいけよ、うすのろが!」

   ヘリコプター機内の音

男性リポーター「ああー!飼育員と男性客の目の前までクマが迫っています!」

   新之介の鳴き声

安達「新之介!もうこれ以上は……、これ以上は……すまない」

     「パーン」と銃声

   事務所のざわめき
   段ボールに物を詰め、ガムテープを貼る音

舞子「今日でここともお別れか~。なんか、大変なことになっちゃいましたね」
安達「あれだけの騒ぎを起こしたんだ。仕方がないよ」
舞子「そうそう、新之介なんですけど……」

安達M「事件の後、クマ牧場は閉園し、クマたちはほかの施設に引っ越すことになった」

   動物園のざわめき

子ども「わー、でっけー」
安達「これが、エゾヒグマです。鋭い爪があって木登りが得意なんだ。車と同じくらいの速さで走ることもできるんだよ」
安達M「俺は別の動物園に移り、またクマの飼育員をしている」
子ども「そんなの、森で会ったらアウトじゃん」
安達「そう。もし、襲われたら取り返しの付かないことになる」
子ども「じゃあ、襲われる前にハンターさんに頼めばいいんだ」
安達「うん。でも、一番は遭遇しないことなんだよ」
子ども「森には行かない方がいいってこと?」
安達「うーん。クマと人間のボーダーラインはどこにあるんだろうね」
子ども「ぼー?だー?」
安達「ごめん、ちょっと難しかったね」
子ども「分かんないよ。わー、うまそうにリンゴ食べてるよ。俺もリンゴ大好き!」

   回想

舞子の声「新之介なんですけど、食べたんですよ!」
安達の声「食べたって?」
舞子の声「最後に食べてくれてたんです!リンゴ!食べてくれたんです!」

END

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