LA VACANCE(ラ・バカンス) 舞台

広告系インカレサークル「キッドナッパーズ」のOGたちが、誘拐ビジネスをすることになり、軽井沢に集合した。計画は十分に練り上げられていたはずだったが、次々と想定外の事態が発生し、話は思わぬ方向へ。(高校演劇用の脚本。時代設定が古い箇所あり)
川村武郞 34 0 0 07/22
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第一稿

  〈キャスト〉

  小川ミサ(女子大生OG)
  清水リエ(女子大生OG)
  吉田ケイコ(女子大生OG)
  白石ヨウコ(女子大生OG)
  原田ショウジ(現役大 ...続きを読む
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  〈キャスト〉

  小川ミサ(女子大生OG)
  清水リエ(女子大生OG)
  吉田ケイコ(女子大生OG)
  白石ヨウコ(女子大生OG)
  原田ショウジ(現役大学生)
  藪内マリ(女子高生)
  辰巳ヒロシ(?)





    さわやかな夏の朝。小鳥のさえずりが聞こえる。
    とある貸し別荘の庭。
    ジャージ姿の男が、タオルで汗をふきながら現れる。
    大きく深呼吸。

原田   ああ、いい朝だ。

    男は、庭の木製テーブルの上に、おもむろにラジカセを置き、スイッチを入れる。
    軽やかに流れ出すメロディは「ラジオ体操第一」。
    男は、大きな身振りで元気よく体操を始める。

    そこへ、目をこすりながら、いかにも低血圧そうな女がやってくる。

ミサ   あんた、何やってんのよ。
原田   何って‥‥ラジオ体操‥‥あ。

    女がラジカセを切ったのだ。

原田   何するんですか?
ミサ   うるさいのよ。朝っぱらから大きな音鳴らされると、頭ガンガンして、1日中気分が悪くなんの。
原田   そんな‥‥。
ミサ   そんなって‥‥何よ?
原田   せっかく軽井沢に来て、さわやかな空気吸って‥‥ラジオ体操ぐらいしたくなるじゃないですか?
ミサ   なるか。そんなもん。
原田   ‥‥そうかなァ。‥‥ミサさん、ちょっと生活パターン変えた方がいいんじゃないスか? 不健康ですよ。
ミサ   お、寝起きのあたしに説教する気? いい根性してんじゃん。

    と、3人の女がパラパラと登場。

リエ   何よ?
ケイコ  どしたの?
ヨウコ  何じゃれてんの?
ミサ   じゃれてんじゃないわよ。こいつがねぇ、朝っぱらからでっかい音鳴らしてラジオ体操おっぱじめたのよ。
リエ   ラジオ体操? うわー、なつかしー!
ケイコ  小学校の時やったよね。
ヨウコ  うん、やった、やった。‥‥ハンコもらってさ‥‥えーと、ドラミちゃんのハンコ。
リエ   えー、そんなのあり? うちなんか、ただのオウムみたいな鳥のハンコだったよ。
ケイコ  そんなのまだマシよ。「参加」ってビシッと字書いてあるだけ。
ヨウコ  うわ、サイテー!
ケイコ  でしょう?
ミサ   ‥‥あんたたち、何盛り上がってんのよ!
リエ   いいじゃん。
ケイコ  でさ、朝の六時にたたき起こされて、ご飯も食べずにお寺の境内に行かされんのよ。
ヨウコ  えー、六時ぃ? 八時だったよ。
リエ   あたしは七時半。
ケイコ  それ、テープで鳴らしてんのよ。うちはリアルタイムだから六時半なの。それ中学になって、よその学校の子に聞いてさァ、初めて知ったのよ。ショックだったー。私の睡眠時間を返せッ!
ミサ   ‥‥あんたらねぇ。
リエ   ミサ行ってないの? ラジオ体操。
ミサ   行くか。そんなもん。
ケイコ  小学校の時から低血圧ガールだったんだァ‥‥。
ヨウコ  いたよねぇ。8月30日ぐらいになってさ、まだカード真っ白なやつ。
リエ   それで怒られなかった?
ミサ   31日に処分した。
リエ   処分した‥‥って?
ミサ   班長の子からハンコ借りて、まとめて押した。
ケイコ  うわー、やるー。ミサって、小学校の時からそんなだったの?
ヨウコ  この子の寝起きの顔でにらまれたら、誰だってビビってハンコ差し出すよ。
リエ   朝のミサはデンジャラス。原田クン、覚えといた方がいいよ。
原田   あ‥‥はい。
ミサ   うるさい! ‥‥もう、どいつもこいつも、朝っぱらからピーチクパーチク騒ぐんじゃねぇ!
女三人  ハーイ。

    ミサ、タバコを取り出して火をつける。
    鳥のさえずりが聞こえる。

リエ   うわー、さすが軽井沢って感じねぇ。
ケイコ  ほんと。空気が違うわ。
リエ   ほーんと、ここにして正解って感じ。
ヨウコ  ねえ‥‥やろっか? ラジオ体操。
リエ   え?
ケイコ  マジ?
ヨウコ  (原田に)ね、いいでしょ?
原田   え‥‥そりゃ‥‥。
ヨウコ  よし、やろ。決まり!
ミサ   ‥‥あんた、ケンカ売ってんの?
ヨウコ  ミサさんも、ご一緒にどうですぅ?
ミサ   やるか! ‥‥寝る。
ケイコ  でも、覚えてるかなぁ?
ヨウコ  平気平気、おじさんが全部言ってくれっから。
ケイコ  ああ、そっか。
ヨウコ  じゃ、やるよ。(ラジカセのスイッチを押す)

    ラジオ体操の音楽。

ヨウコ  あれ、途中じゃん。‥‥ちょっと待って。巻き戻すから。

    巻き戻し。
    音楽、再スタート。

リエ   これこれ! うわー、なつかしー!
ミサ   お前ら、あほか。

    ミサ、くわえタバコで去りかけて、

ミサ   ‥‥今日から仕事だからね!
女三人  (体操しながら)ハーイ!

    ミサ去る。
    4人で楽しいラジオ体操。

ケイコ  あんなにひねくれてても東大なのよねぇ。
リエ   バーカ、ひねくれてるから東大なのよ。
ケイコ  ‥‥あ、そうか。なるほど。

    ラジオ体操が続く。

ヨウコ  あ、ケイコ、食事当番じゃなかったっけ? もう用意できてんの?
ケイコ  バーカ、ラジオ体操はねぇ、すきっ腹でやるもんよ。
ヨウコ  何よ、それ!
リエ   ヨウコ‥‥それ反対。
ヨウコ  あ。(反対の手をあげていたのだ)

    ラジオ体操は続く。
    暗転。






    再び「ラジオ体操第一」。ただし、もう終了間近である。
    原田が一人、深呼吸をしている。

テープの声  さあ、それでは今日も一日、元気に過ごしましょう!

    原田、ラジカセを切る。

原田   さて、と‥‥。
あー、あー、あー。あー。あー。

    唐突に発声練習を始める原田。

原田   ハッ。ハッ。ハッ。ハッ。
ハハハハハー。ハハハハハー。ハハハハハハハー。
あえいうえおあおあいうえお。あめんぼあかいなあいうえお。
本日は晴天なり。本日は晴天なり。天気晴朗なれども波高し。
イッツ・ファイン・トゥデー。イッツ・ファイン・トゥデー。

    とにかく発声練習である。
    いつの間にか、若い男女二人(辰巳とマリ)が現れて、その様子を不思議そうに眺めているが、原田は気づかない。

原田   隣の客はよく柿食う客だ。東京特許許可局許可局長。
‥‥よし。

    原田、ポケットからメモを取り出す。

原田   (セールストーク風に)もしもし、藪内さんのお宅ですか?‥‥いや、わたくし名のるほどの者ではないんですが‥‥。
‥‥うーん、ちょっと違うなあ‥‥。
(ドスをきかせて)もしもし、藪内さん? ‥‥‥いや、名のるほどの者じゃないんですけどね‥‥。何の御用って? へっへっへっ‥‥それ、奥さんの方がよーくご存じなんじゃないのかなぁ? ‥‥え、わかんない? またまたー、とぼけちゃって‥‥。‥‥そうそ、ほら、わかってんじゃないの。奥さん、素直じゃないんだからぁ‥‥。
‥‥ちょっと、下品だな。
お嬢さん‥‥マリちゃんでしたっけ? かわいい娘さんじゃないですか? 大事にしなきゃねぇ。‥‥‥‥そりゃ、お約束じゃないですか。魚心あれば、水心ってね。‥‥‥そうそ、こっちだって、ホントはね、あんないたいけな娘さんをかわいそうな目にあわしたくはないんですよ‥‥。

辰巳   あのぅ‥‥。
原田   え? あ!

    原田、あわててメモを隠す。

辰巳   それ‥‥何なんですか?
原田   え? ‥‥何が?(あせる)
マリ   お芝居の練習‥‥ですか?
原田   芝居? ‥‥あ‥‥ああ、はい、そのようなものです。
マリ   へぇ‥‥。
原田   ‥‥‥‥。‥‥あの、何か?
辰巳   誘拐犯?
原田   え‥‥。
辰巳   いや、その、お芝居の役。
原田   ああ‥‥役ねえ。‥‥はい、そのようなものです。
マリ   ふーん。
原田   ‥‥あの、何か、御用ですか?
辰巳   いや、別に用っていうか‥‥。
原田   ‥‥じゃ、すいませんが、あれですから。
辰巳   え?
原田   練習の続きを‥‥。
辰巳   ああ、いいですよ。続けて下さい。
原田   え? 続けてって‥‥。
辰巳   僕らのことは気にしないでいいですから。
原田   え、でも‥‥。
辰巳   そういうの結構好きだから。お芝居とか。(マリに)ねぇ?
マリ   うん。
原田   あのですねぇ‥‥やりにくいんですよ‥‥正直言って。僕の方が。
辰巳   何なら、お手伝いしましょうか? 相手役とか。
原田   え?
マリ   私、誘拐された女の子がいいな。
原田   えー‥‥そんな‥‥いいですよ。
マリ   どうして? その方がやりやすいじゃない?
原田   やりやすいって‥‥。
マリ   だって、私、藪内マリだもん。
原田   や・ぶ・う・ち・ま・り‥‥ えっ?
マリ   はじめまして。藪内マリでーす。よろしくね。
辰巳   連れの辰巳です。よろしく。
原田   えーっ!(大パニック)

    ミサがやってくる。

ミサ   原田、リハーサルはおしまい。本番行くよ‥‥あれ? 誰?知り合い?
原田   それが‥‥。
辰巳   あの、「キッドナッパーズ」の方ですか?
ミサ   え? ‥‥あの、あなたは?
辰巳   辰巳って言います。
マリ   藪内マリです。
ミサ   ああ‥‥、あなたが藪内さん。‥‥でも、午後になるって話じゃなかったっけ?
マリ   めんどくさいから、フンパツして長野新幹線にしたの。
ミサ   ああ‥‥そうなの。‥‥で、そちらの方は?
マリ   それが、友達っていうか‥‥彼氏っていうか‥‥、ねぇ、ヒロシ、説明してよ。
辰巳   うん‥‥要するにですね、駆け落ちなんです。
ミサ・原田  えっ?
辰巳   ‥‥というか、そういうシチュエーションなんです。
ミサ   え? ‥‥それ、どういうことですか?
辰巳   だから、僕とマリちゃんとが駆け落ちして、ここまで逃げてきた、ということにしたんです。
ミサ   したって‥‥ちょっと待ってよ。聞いてないよ。そんな話。
マリ   大丈夫。彼、ちゃんとわかってるから。
ミサ   わかってるって‥‥話したんですか? この人に。
マリ   うん。‥‥彼氏なんだからいいでしょ? それで相談してね、2人で行くことに決めたの。
ミサ   彼氏だからとか、そういう問題じゃなくて‥‥。あのね、困るんですよ、そういう勝手なことされると‥‥。
マリ   いいでしょ。まけてよ。
ミサ   分刻みの綿密なプランで動いてるんだから、そういうわけにはいかないんです。
マリ   プランなんか変更すればいいじゃん。‥‥私たち、お客さんなんでしょ?
ミサ   ‥‥‥‥。あのね、あらかじめ断っとくけど、そういう言い方はやめてもらえない? ここはね、ディズニーランドの探検コースじゃないのよ。ビジネスなのよ。それもギブアンドテイクの取り引きなんだから、お互い協力しないと共倒れになっちゃうよ。
原田   ミサさん!
マリ   ‥‥‥。‥‥ビジネスって‥‥犯罪じゃない? 誘拐の保険金詐欺なんでしょ!
辰巳   マリ!

    リエ・ケイコ・ヨウコ登場。

リエ   どうしたの? もうそろそろ電話の時間だよ。
ミサ   ‥‥‥。
ヨウコ  (原田に)どしたの?
原田   それが‥‥。
ケイコ  この人たちは?
辰巳   あの、「キッドナッパーズ」の方ですね?
ケイコ  はあ、そうですけど‥‥。
辰巳   すみません。‥‥あの、僕が事情を説明しますから‥‥。
ケイコ  はあ‥‥。
辰巳   あの、ちょっと長くなりますから、座って聞いて下さい。‥‥みなさん、どうぞ。(とイスをすすめる)
リエ・ケイコ・ヨウコ・原田  はあ‥‥。(と座る)
辰巳   (ミサに)どうぞ。
ミサ   ‥‥‥。(しぶしぶ座る)
辰巳   マリも座ったら?
マリ   ‥‥いい。
辰巳   そう。
     ‥‥じゃ、説明を始めます。申し遅れましたが、私、辰巳ヒロシと申します。そして、こちらが、藪内マリ。つまり、今回のクライアントということになります。どうぞ、よろしく。
リエ・ケイコ・ヨウコ・原田  ‥‥よろしく。
辰巳   それで、私なんですが、まあ、その、早い話が、彼女のボーイフレンドということになります。それで、ご承知のこととは思いますが、このたび、彼女がこちらの「キッドナッパーズ」さんにお世話になりまして、誘拐していただくことになっていたのですが、そして、そのことは当人も了解していたんですが、
ミサ   あのさ‥‥どうでもいいけど、もうちょっと普通にしゃべらない?
辰巳   ‥‥ああ、すみません。どうも営業関係の仕事をしてたもんで、人前ではこの方がしゃべりやすいんですが‥‥。もし、不都合がなければ‥‥
ミサ   ‥‥いいよ。続けて。
辰巳   ありがとうございます。‥‥それでですね、彼女の申しますのには、誘拐されるのはいいとしても、ただ親の言いなりに誘拐されるのは納得がいかない。そこで、自分なりの独自性をこの企画に付け加えたい。ということなんですね。それで、この際、素直に誘拐されるふりをして、男と‥‥私のことですが‥‥駆け落ちしてしまう、というアレンジをしてみてはどうだろうか、ということになりまして‥‥。もちろん「キッドナッパーズ」さんにご迷惑をおかけすることは、十分承知していたのですが、ご承知のように、「ティーンズ保険」の約款には、「誘拐」の他にも、「家出」や「駆け落ち」も、保険金支払いの当該項目になっていることですし、本当の駆け落ちの方が、自然で、むしろ親御さんのリスクも少なくてすむのではと‥‥
マリ   親の心配なんかしてないよ。
辰巳   ああ‥‥そうだったね。
‥‥とまあ、このような事の次第で、とにかく一度ご相談にうかがった方がいいだろうと思いまして、こちらにやって来たわけです。‥‥何かご質問などございますでしょうか?
キッドナッパーズ  ‥‥‥。
ミサ   ‥‥どうでもいいけどさ、あんた、変なやつだね。
辰巳   え? ああ、人からよくそう言われます。
ミサ   あ‥‥そう。
ヨウコ  ‥‥でさ、話はだいたいわかったけど‥‥その「ご相談」って、何なの?
辰巳   ああ、それなんですが‥‥一方的な話で恐縮なんですが、今回の件、契約の解消ではなく、一部変更という形で取り扱っていただきたいと思いまして‥‥。
ヨウコ  え? ‥‥それ、どういうこと?
辰巳   ですから、プランの入り口は変わってしまったわけですが、後半部分は契約通りの形で‥‥。
ミサ   そういう言い方じゃよくわかんないよ。はっきり言ってよ。
辰巳   そうですか? それでは、単刀直入に申します。要するにですね、
マリ   私たち、ここに泊めてよ。
キッドナッパーズ  え?
マリ   マジの駆け落ちだからさ、行くとこないのよね。どうせ、用意してるんでしょ? 私の部屋。
ヨウコ  ‥‥そりゃ、そうだけど。
マリ   だったら、いいじゃん。決まり! ベッド1つでいいからさ。
キッドナッパーズ  えー?
マリ   そういうことだから、よろしくね。‥‥ヒロシ、行こ。
辰巳   ‥‥ああ。
マリ   ぐすぐずしない!
辰巳   ああ。

    マリ、辰巳、カバンを持って去る。

キッドナッパーズ  ‥‥‥。
リエ   ‥‥何? あれ。
ミサ   あのガキ‥‥。
ヨウコ  ねぇ、どうする?
ケイコ  どうするって‥‥。
ミサ   どうもこうもないよ。勝手にさせるか! ‥‥行くわよ!

    ミサ、歩き出す。

リエ・ケイコ・ヨウコ・原田  ‥‥‥。
ミサ   何してんの? ぐずぐずしない!
リエ・ケイコ・ヨウコ・原田  ハーイ。

    全員立ち上がり、去る。
  暗転。






    夜。
    貸別荘のリビング。
    応接セット、間接照明のスタンド、観葉植物などがある。
    テーブルの上には、ワインやウイスキーの水割りセット。
    各々、グラスを手に、ソファに腰掛けたり、床に寝そべったりして、くつろいだ雰囲気。

マリ   そうそう、いっぺん聞きたかったんだけどさ、どうして「キッドナッパーズ」なんて名前にしたの? 英語の辞書ひいたらさ、「人さらい・誘拐犯」だって。そのまんまのバレバレじゃん?
ヨウコ  初めは、誘拐じゃなかったのよ。
マリ   え?
ヨウコ  私たち、大学の時のサークル仲間でさ、そのサークルの名前が「ザ・キッドナッパーズ」だったわけ。
マリ   へぇ。
リエ   そのサークル作ったのが、ミサでさ、これでも東大卒なんだよ。
ミサ   「これでも」は余計。
マリ   へぇ、すごいじゃん。‥‥で、なんで「キッドナッパーズ」なの?
ヨウコ  サークルの名前も彼女が考えたんだけど‥‥ミサ、説明してあげて。
ミサ   イ・ヤ。めんどくさい。(と、タバコに火をつける)‥‥ブランデー取って。
ヨウコ  もう。‥‥ちょっと飲み過ぎじゃない?
ミサ   うるさい。‥‥今日は飲みたい気分なの。
ヨウコ  それじゃ、ケイコ説明して。
ケイコ  え、なんで私なの?
ヨウコ  あんた、一番古株じゃない。
ケイコ  古株って何よ。‥‥結成メンバーって言ってよね。まるで年食ってるみたいじゃない?
ヨウコ  何でもいいから‥‥。
ケイコ  もう。‥‥そうねぇ‥‥「キッドナッパーズ」はね、元々は広告サークルだったのよ。‥‥あの、広告サークルって知ってる? 高校生じゃわかんないか‥‥。
マリ   ‥‥広告作るんでしょ?
ケイコ  ま、そういうこともするんだけどね‥‥広告研究会とかってあっちこっちの大学にあってさ、マーケティングとかクリエイティブとか、要するに広告代理店のまねごとみたいなのをするわけ。まあ、早い話が、そういう会社に就職したい子の勉強会みたいなとこなのね。
マリ   ふーん‥‥。でも、その勉強会がどうして「誘拐犯」なの?
ケイコ  ほら、「キッドナッパーズ」って、「キッド」って言葉が入ってるでしょ? だから、その「キッド」と「誘拐犯」をかけてさ、「子供の心をさらう」って洒落にしたのよ。それで子供向けの商品企画をしてさ、あっちこっちの会社に売り込んでたわけ。‥‥と、こんなとこでよろしいでしょうか、代表。
ミサ   うむ。まあ、よかろう。
ケイコ  ありがとうございます。
マリ   へぇ‥‥。じゃあ、ミサさんて、案外子供好きなんだ。全然見かけによらないねぇ。
ミサ   見かけによったらどうなのよ? ‥‥別にガキが好きなわけじゃないよ。要するに、ターゲットなわけ。
マリ   ターゲット?
ミサ   英語。‥‥標的、的、狙い目。おい、高校生、酒ばっかり飲んでないで、ちっとは勉強しろ。
マリ   そのぐらい知ってるよ。‥‥だから、子供がどうしてターゲットなのよ?
ミサ   「少子化傾向」ってわかる? つまり、子供はどんどん少なくなる。その分、親はバンバン子供に金を使う。塾でも服でもゲームでもピッチでも、今一番金持ってんのはガキなのよ。ガキがネギしょってやって来てんだから、これを狙わない手はないっしょ? ドゥユーアンダースタン?
マリ   ‥‥そっかぁ。さすが東大生、あったまいいんだァ。‥‥ひょっとして、みんな、東大なの?
リエ   まさか‥‥。顔見りゃわかるじゃん。「キッドナッパーズ」はインカレサークルなのよ。
マリ   インカレ?
リエ   いろんな大学のごちゃまぜってこと。
マリ   へぇ‥‥。
リエ   どうでもいいけど、よく飲むね。
マリ   へへ‥‥まあね。
リエ   じゃさ、今度はさ、私の方から質問してもいい?
マリ   え、何?
リエ   どうしてあんな男と駆け落ちすんの?
全員   ‥‥え。

    全員、辰巳を見る。少し凍りつく辰巳。

ヨウコ  リエ、それ、ちょっときついよ。洒落になんないよ。
リエ   え? いや、そういう意味じゃなくってさ‥‥どうして普通の「誘拐」だとダメなわけ?
マリ   ‥‥‥。(暗い沈黙)
リエ   ‥‥どしたの?
マリ   ‥‥どうしても、聞きたい?
リエ   いや‥‥別に。‥‥言いたくなかったらいいよ。
マリ   それはね‥‥復讐なのよ。
リエ   え。

    ミサ、突然立ち上がる。
    いきなりサスペンスな雰囲気。

ミサ   マリ、ちょっとこっちへいらっしゃい。
マリ   何、ママ?
ミサ   いい? 落ち着いて聞くのよ。
マリ   ‥‥はい。
ミサ   ‥‥あなたが、選ばれたの。おめでとう。
マリ   選ばれたって‥‥まさか?
ミサ   そう、あなたがいけにえになるのよ。
マリ   ‥‥どうして? どうして私なの?
ミサ   パパと相談してね、それが一番いいだろうって。
マリ   そんなのひどいわ。お兄ちゃんだっているじゃない?
ミサ   フフフ‥‥なんにも知らないのね。おばかさん。
マリ   え? ‥‥ママ、それ、どういうこと?
ミサ   マリ、お前は拾われて来たのよ。15年前、橋の下でね。
マリ   えっ?
ミサ   やっかいもののお前が、やっと役に立つ時が来たのよ。
マリ   ママ!
ミサ   ママ、ママって気安く呼ぶんじゃないよ! あたしはお前の母親なんかじゃない!
マリ   ‥‥ひどい‥‥あんまりだわ。(泣く)
ミサ   泣きたければ好きなだけお泣き。それで気がすむんならね。
マリ   ‥‥悪魔。
ミサ   悪魔? ホッホッホ。おもしろいこと言うじゃない?‥‥あなた、どうしてあたしがミサって呼ばれてるか、わかる?
マリ   え‥‥まさか!
ミサ   そう、あたしのミサは黒ミサのミサ。あたしは、悪魔に魂を売った女なのよ! ホーッホッホッホ! ホーッホッホッホ!
ヨウコ  ストップ! ‥‥ちょっとぉ。何なの、これ?
ミサ   え? ちょっと‥‥やりすぎたかな?
マリ   ‥‥ちょっとじゃないよ。
ミサ   あんたが復讐なんて言うからさぁ‥‥。
マリ   うちのママはもっと上品だよ。
ミサ   下品で悪かったねぇ。
ヨウコ  ミサはよっぱらってるから、ダメ。選手交代。
ミサ   ‥‥じゃあ、ヨウコ、あんたやんなさいよ。
ヨウコ  え? あたし?
ミサ   そりゃそうでしょ。
ヨウコ  えー‥‥。
ミサ   つべこべ言わずに、さっさとやる! ハイ、スタート!

    ヨウコ立ち上がる。
    バロック音楽。

ヨウコ  マリさん、ちょっとこっちにいらっしゃい。
マリ   なーに? お母様。
ヨウコ  お父様が最近お忙しいのは知ってるわね?
マリ   はい。マリはもう一週間もお父様に会っていません。
ヨウコ  それはね、あちこちのホテルに泊まってらっしゃるからなのよ。
マリ   お父様はご旅行なのですか?
ヨウコ  いいえ、違うわ、マリ。お父様の会社の方にいろいろなことがあってね、たくさんのお客様に会わなければならないの。
マリ   マリ、知ってます。おうちにもいろんなお客様がいらっしゃるから‥‥。今日もムジンクンとか、オジドウサンとか、大勢いらっしゃいました。
ヨウコ  そう。マリは賢い子ね。じゃあ、わかってくれるわね。
マリ   え? 何ですか? お母様。
ヨウコ  あなたは、遠いところへ行かなければならないの。
マリ   遠いところ?
ヨウコ  あなたが遠いところへ行ってくれるだけで、お父様を助けて下さる親切な人がいらっしゃるの。
マリ   ‥‥お母様もいらっしゃるのですか?
ヨウコ  いいえ。あなたが1人で行くのです。
マリ   イヤ。マリ、ひとりぼっちで行くのはいやです。
ヨウコ  かわいそうだけど、それが藪内家のためなのです。わかってくれるわね。
マリ   お兄さまは? お兄さまではだめなの?
ヨウコ  お兄さまは、来年のために浪人していらっしゃるの。今が大事な時なのです。
マリ   じゃあ、マリは? マリは大事じゃないの?
ヨウコ  そんなことは言ってないでしょ? お願いだから、お母様を困らせないで。
原田   そうだよ。おめーが、身売りすりゃ丸く収まるんだよ。どうせ、おめーは橋の下で拾われてきた子だからよ。せいぜい体でも売って、恩返しするんだな。

    ヨウコ、原田をしばく。

ヨウコ  あんた、誰なのよ?
原田   ‥‥お兄さまです。

    ヨウコ、再び原田をしばく。

ヨウコ  やりなおし! ‥‥お願いだから、お母様を困らせないで。
原田   ゲホゲホゲホ‥‥マリ、すまねぇ。兄ちゃんに、もうちょっと甲斐性があれば、おめえをこんな辛い目に会わせないですむのによう‥‥。ほんとに、ほんとにすまねぇな‥‥ゲホゲホゲホ‥‥。

    ヨウコ、3たび原田をしばく。倒れ伏す原田。

マリ   どうして‥‥どうして、お母様はわかって下さらないの?

    辰巳、立ち上がる。

辰巳   マリちゃん、元気を出すんだ。僕がそばにいてあげるから。
マリ   ヒロシくん‥‥。
辰巳   ほら、涙をふいて。いつもの素敵な笑顔を見せておくれ。
マリ   うん‥‥。ほんとに、ほんとにそばにいてくれるのね。
辰巳   ウソなんかじゃないさ。君のためなら、たとえ火の中、水の中、僕はどこまでも一緒に行くよ。
マリ   ヒロシ君!
辰巳   マリ!

    見つめ合う二人。

マリ   ‥‥とまあ、こういう感じね。
リエ   ほんとぅ‥‥?
マリ   ひどい話でしょ? あんまりでしょ? ‥‥だからさ、私、仕返しすることにしたの。
リエ   仕返しって?
マリ   このまんま、ほんとに駆け落ちしちゃうの。‥‥パパやママは、身代金渡したら、あたしが帰ってくるって思ってるじゃない? でも、帰ってやんないの。それで、保険金も持ち逃げしてやるの。
リエ   へぇ‥‥考えてんじゃん。‥‥でもさ、保険金入んなかったら、パパの会社はどうなんの?
マリ   そんなの知んないわよ。‥‥だいたい保険金だって、ほんとに会社のためなのかどうかもわかんないよ。単にお金がほしいだけかもしんないしさ。‥‥そういう男なのよ、あいつは。
リエ   へぇ‥‥すごい親子だねぇ。
ミサ   ‥‥お嬢ちゃん、盛り上がってっとこ悪いけど、保険金は入んないよ。
マリ   え、どうして?
ミサ   受取人、あんたじゃないでしょ?
マリ   えっ‥‥。
リエ   あ、そうか。
ミサ   第一、ほんとにそんなことされたら、あたしたちおまんまの食い上げだよ。成功報酬もパーじゃない?
リエ   それは‥‥そうよね。
マリ   ねぇ、ヒロシ、どうしよう?
辰巳   大丈夫。その辺のこともちゃんと考えてるから。
マリ   ほんと?
辰巳   ほんと。
ミサ   あのさぁ‥‥考えてるって、どう考えてるわけ? 参考までに聞かせてもらえないかなぁ? 事と次第によっちゃ、敵味方になっちゃうわけだからさ。
辰巳   もちろん、その点も考えてますよ。みなさんには決してご迷惑はおかけしませんから。
ミサ   そう言われてもねぇ‥‥。
辰巳   じゃ、さわりだけ言っときましょう。‥‥ご承知のように、「ティーンズ保険」は、適用範囲の極めて広い保険です。その分、保険会社にとってはハイリスクな商品なんですが、掛け金を高くして、その上、ロイズとの特約などによって、リスクの回避を図っているわけです。さらに、ご承知の通り、専門の調査部門を設置しています。今や、「ティーンズ保険」の調査機関が、興信所はおろか、警察以上の調査能力を擁していることは、当然みなさんもよくご承知のことと思います。
リエ   ‥‥また始まったよ。
ケイコ  ご承知?
ヨウコ  さあ‥‥?
ミサ   ‥‥それで?
辰巳   その結果、従来の損害保険では難しかった適用項目のフレキシブルな切り替えが、可能になりました。たとえば「家出」から「自殺」への切り替え、「受験失敗」から「万引き」や「精神疾患」への切り替えなどがスムーズに行なえるようになったのです。「ティーンズ保険」が「保険のビッグバン」と呼ばれる大成功の秘密も、ここにあります。
ヨウコ  ビッグバン?
リエ   バーン!(ピストルを打つマネ)
ヨウコ  うわー!(死ぬマネ)
ミサ   うるさい! ‥‥続けて。
辰巳   ですから、今回の私たちのケースも、この「適用項目の切り替え」を利用するわけです。つまり、「誘拐」から「駆け落ち」への切り替えを図っているわけですが‥‥実は、もう一つ。‥‥やり方次第では、切り替えのみならず、両方の項目に該当させることができるんです。つまり「二重適用」の要件を満たすことが可能なのです。
ミサ   やり方次第っていうと?
辰巳   ここからは企業秘密です‥‥どうぞ、ご自分でお考え下さい。
マリ   マリ、わかんなーい。
ヨウコ  ‥‥頭痛くなってきた。
リエ   もういいでしょ? お酒の席でそんなややこしい話はやめてよ。
ミサ   ‥‥ま、だいたいのことはわかったわ。あなたを信用しましょう。(タバコに火をつける)
辰巳   ありがとうございます。
ミサ   ‥‥それにしても詳しいわね。
辰巳   以前、保険会社にいたことがあって。
ミサ   ふーん、そうなの。
ケイコ  ‥‥なんか、酔いがさめちゃったね。飲み直そ。
リエ   乾杯しよっか?
マリ   賛成!
ヨウコ  ガキがはしゃぐんじゃないの!
マリ   ガキじゃないもん!
ケイコ  ほら、原田クンも。

    倒れていた原田、起き上がる。

原田   はい。
ミサ   あたしはブランデーよ。
ヨウコ  あんたは控えた方がいいんじゃない?
ミサ   うるさい。飲む。

    乾杯の準備。

リエ   ‥‥じゃ、あたしたちの誘拐と、あんたたちの駆け落ちの、ビッグバン‥‥じゃなくって‥‥えーと何だっけ?
辰巳   二重適用。
リエ   ああ‥‥その何とかの成功を祈って、乾杯!
全員   かんぱーい!

    拍手。パチパチパチ。

マリ   あーっ!
ケイコ  何?
マリ そうだ! どうして「キッドナッパーズ」になったの?
リエ   なーんだ、おどかさないでよ。
ヨウコ  あんた、酔ってんの? だから、さっき説明したじゃん?
マリ じゃなくってさ‥‥広告サークルの「キッドナッパーズ」が、どうしてほんとの誘拐犯になったのかって、その肝心なところ聞くの忘れてた。
リエ   ‥‥ああ‥‥それね。
マリ   ねえ、どうして?
リエ   まあ‥‥いろいろあんのよ。
マリ   いろいろって?
リエ   いろいろは‥‥いろいろよ。
マリ   それじゃ、わかんないよ。
リエ   ‥‥どうしても、聞きたい?
マリ   うん!
リエ それはね‥‥復讐なのよ。
マリ   え?

    リエ立ち上がる。

リエ   (電話のしぐさ)もしもし、わたくし日本女子大学の清水リエと申しますが、求人のことで、人事部の方におたずねしたいのですが‥‥
原田   日本女子大? ‥‥ああ、当社も不況のあおりを受けておりましてね、今リストラ中なんです。ですから申し訳ありませんが来年度の求人も見あわせている状況で。‥‥ガチャ!
リエ   ‥‥‥。

    リエ、再び電話をかけるしぐさ。

リエ   あ、もしもし、わたくし日本女子大学の清水リエと申しますが、求人のことで、
原田  え、求人? ああ、うち、女の子はいらないから‥‥ガチャ!
リエ   ‥‥‥。

    リエ、もう一度電話をかけるしぐさ。

リエ   あ、もしもし、わたくし日本女子大学の‥‥
原田   ガチャ! ツー、ツー、ツー。
リエ   ‥‥‥。

    ケイコ立ち上がる。

ケイコ  (面接のノリ)はい、情報関係の講義をとっておりましたので、コンピュータも一通りはあつかえます。メールのやりとりとかインターネットぐらいなら、十分対応できるつもりです。
原田  (面接官のノリ)インターネットねぇ‥‥。ぼかぁ、インターネットより、君のインナーネットの方が興味あるなぁ‥‥。
ケイコ  は?
原田   ねぇ、今日は何色?
ケイコ  はぁ?
原田   ぼけないでよ、子供じゃないんだから。‥‥下着。
ケイコ  え‥‥。
原田   やっぱり、下着にもリクルートブラとかリクルートパンティとかあるわけ? 紺色のやつとかさ。
ケイコ  あの‥‥。
原田   ‥‥ああ、ごめん、ごめん。こんな場所で答える質問じゃないよね?
ケイコ  ‥‥はぁ。
原田   じゃ、場所代えて、今晩もっぺんやりましょうか?
ケイコ  え?
原田   だから、め・ん・せ・つ。‥‥いい店知ってるからさぁ。
ケイコ  え‥‥。

リエ   ‥‥て、あいつら、だいたい初めっから、まともに採る気なんかないのよ。
ケイコ  そうそう、それなのに、タテマエだけは男女機会均等なんていうから、かえってボロが出んのよ。
ヨウコ  彼氏はいるのか、とか、どんな男が好みかとか、そんな質問、平気でするしさ、それでもって「おっと、こんなこと聞いたらセクハラって言われちゃうかな、危ない危ない。」なんてね。‥‥何が、危ない危ないよ!
リエ   で、挙げ句の果てに「今回は採用を見合わせていただきます」でしょう? もう、馬鹿らしくって、就職活動なんかやめちゃった。
マリ   へぇ‥‥大変なんだ。
リエ   人ごとじゃないわよ。あんただってそのうち経験するんだから。
マリ   ‥‥でもさ、それはわかったけど、どうして誘拐が復讐になるわけ?
ヨウコ  男社会への復讐よ。
マリ   え? ‥‥どういうこと?
ケイコ  男中心の社会システムへの、女たちの逆襲ってこと。かっこよく言うとね。‥‥ねぇ、そうよね、代表?
ミサ   ‥‥まあ、それだけでもないけどね‥‥だから最初っから言ってたじゃん。会社とか組織なんて、そんなもんだって。
リエ   そりゃ、そうだけどさ‥‥。
ミサ   バリバリのキャリアウーマンなんて、それこそ男たちが作り上げたフィクションよ。そもそも組織に頼ってどうこうしようってのが甘いのよ。
ヨウコ  ‥‥そりゃ、ミサは東大だから、そんなかっこいいことが言えんのよ。あたしたちみたいな下々は、やっぱ、いい会社に入んなきゃ、と思うじゃない?
ミサ   その、「東大だから」ってのやめて! そんな学歴信仰こそ、敵の思うツボじゃん。‥‥それにさ、東大だってオールマイティじゃないよ。あたしのツレだって、みんな就職苦戦してたしさ、そうじゃなかったら、官僚にでもなって、男の権力機構を末端で支えるしかないのよ。
マリ   へぇ、東大でもそうなのかぁ‥‥。そんな話聞いたら、なんか夢も希望もなくなるって感じ。
ヨウコ  だめだめ、あきらめちゃ。そんな弱気でどうすんの! あんたたち若い子が闘わなきゃだめなのよ。さあ、飲め、女子高生!
マリ   うん! 飲む!

    ヨウコ、グラスをかかげてマリと肩を組む。

ヨウコ  われわれは闘うぞぉー!
マリ   闘うぞぉー!

    ヨウコとマリ、乾杯。

リエ   だいたいさ、いばりたがるやつほど、たいしたことないのよ。
ケイコ  男がいばるのはさ、自信がないからなのよ。自信がないから、でっかい声出したりしてさ、ごまかすのよね。‥‥ほら、学校の教師なんかでよくいるじゃない?
ヨウコ  弱い犬ほどよく吠える?
ケイコ  そうそう!
ヨウコ  若いやつだってそうだよ。つき合い始めたとたんに「お前はよぉ」なんて偉そうに言い出すやつ。そんなのに限ってさ、フニャフニャの甘えん坊なのよ。
リエ   ほんと、ほんと。そういうの、ウジャウジャいるよねぇ。
ケイコ  ‥‥ウジャウジャいたんですか、リエさん?
リエ   え‥‥やだぁ、変なツッコミ入れないでよ! それ反則。
ヨウコ  ‥‥結局さ、なんだかんだ言って、男は女に頼ってんのよ。女はそこんとこわかってていばらせてやってるのに、男はわかってないのよねぇ。
リエ   あったま悪いんじゃないのぉー?
ケイコ  それ言っちゃ、身も蓋もないよ。‥‥要するに子供なのよ、子供。
ヨウコ  かわいくない子供ねぇ‥‥。
リエ   ‥‥じゃ、「キッドナッパーズ」は、子供さらいじゃなくって、子供いじめね。‥‥ママー、こわいお姉ちゃんたちが僕ちゃんたちをいじめるよぉー。
ヨウコ  いやー、やめてよ! 気持ち悪い!
ケイコ  ハハハ。でも、それ案外当たってるかも?
ヨウコ  それは言えてる! アハハハハ‥‥
原田   ‥‥子供で悪かったですね。
女たち  え。
原田   いつだって女は弱くて、かわいそうで、被害者なんですよね。そして、悪いのは、いつだって男なんですよね。
女たち  ‥‥‥。(不気味だ)
原田   いつだって正しいのは女なんだ。そうなんでしょう?
ケイコ  原田クン‥‥。
ヨウコ  何もそんなこと‥‥言ってないでしょう?
原田   いいや、言ってるじゃありませんか。言ってますよ。‥‥そりゃね、くだらない男もたくさんいますよ。そういうやつぁ確かにいる。‥‥でもね、十把一からげに「だから男はどうだ、こうだ」なんていう言い方がね、そもそもナンセンスだと、ぼかぁ思いますよ。
リエ   ‥‥ナンセンスって?
原田   だって、そうでしょう? 男だっていろいろいる。女だってそうです。なのに「女なんてのはねぇ‥‥」なんて大ざっぱな言われ方したら腹立ちません? 立つでしょう? ねぇ?
リエ   そりゃ‥‥ね。
原田   でしょう? だったら、おんなじじゃないですか? ‥‥あのね、ぼかぁね、原田ショウジって名前なんですよ。知ってました?
ヨウコ  知ってるわよ。‥‥原田クン、酔ってんの?
原田   ええ、酔ってますよ、僕が酔ったら悪いですか?
ヨウコ  そんなこと‥‥ないけどさ。
原田   とにかく、ぼかぁ、原田ショウジなんだ。それを、「男」なんてアバウトな名前で呼んでほしくないですね。それって失礼ですよ。‥‥それにね、「男なんてねぇ」なんて言い方はね、さっきからあんたたちが言ってる馬鹿な男どもの「女なんてねぇ」って言い草と、うり二つだ。ちゃんちゃらおかしいよ。
リエ   それって、ちょっと言い過ぎじゃない? ‥‥だいたいあんたのこと言ってるんじゃなくて、一般論話してるんじゃない。
ヨウコ  リエ。
原田   一般論? へぇ、そうなんですかぁ‥‥。だったら、その一般論の腹いせに僕がこきつかわれてるわけだ。世界中の全男性に成り代わって、原田ショウジは、滅私奉公しているんですねぇ。こりゃあ、光栄だなぁ‥‥。
ケイコ  ‥‥それは、違うわよ。誘拐にリアリティを持たせるために、あなたの協力が必要だったのよ。
原田   リアリティねぇ‥‥女が誘拐犯じゃリアリティがないの? どうしてぇ? それって、男女差別じゃない?
ケイコ  ‥‥そういう問題じゃなくって‥‥警察や保険会社に疑われないように、社会の現実に合わせる工夫も必要なの。‥‥ねぇ、わかってよ。
リエ   ケイコ、酔っぱらいに言ってもムダよ。やめましょ。
原田   ムダ? ムダとはなんだ! ムダとは! ‥‥この際、言わせてもらうけどね、オレは、3年生なんだよ。友達は、夏休み使ってみんな会社回りしてるよ。どうして、オレだけ、軽井沢の別荘でさ、こんな腹いせの誘拐ごっこにつきあわなきゃなんないわけ? ‥‥そりゃ、あんたたちはサークルの先輩だよ。世話にもなってるよ。でも、ちょっとぐらい気使ってくれてもいいんじゃないの?
ヨウコ  ‥‥そりゃ、みんな感謝してるわよ。ただ口に出さないだけよ。
原田   感謝? ふざけんな! これが感謝してる人間への扱いか?‥‥そりゃ、オレはどうせ意気地なしでさ、文句なんか言わないよ。でもさ、なんにも言わないからって、なんにも思ってないと考えてたら大間違いだぜ! 馬鹿にすんのもいいかげんにしろ!
ケイコ  原田君!
原田   ケイコ、お前にも言っとくけどな、オレがこんな屈辱的な扱いに辛抱してるのは、誰のためだかわかってんのか? え!誰のためなんだ?
ケイコ  ショウジ!
原田   どうして隠すんだよ? 言っちゃえばいいじゃん。なんならオレが大声で言ってやろうか? それはな‥‥

    パシッ! ケイコが平手打ちする。

ケイコ  バカ!

    走り去るケイコ。
    呆然と立ちつくす原田。
    やがて、ヘナヘナと座り込む。

    しばしの沈黙。

リエ   お前‥‥。
ヨウコ  ケイコ‥‥。
リエ   ショウジ‥‥。
ヨウコ  バカ‥‥。

リエ   ‥‥知ってた?
ヨウコ  ううん。‥‥リエは?
リエ   ううん。
ミサ   ‥‥ドラマだねぇ。

    しばしの間。

リエ   ‥‥飲もっか?
ヨウコ  ‥‥そうね。
リエ   ‥‥ほら、辰巳クンも。
辰巳   あ‥‥はい。
ヨウコ  「ショウジクン」‥‥は?
ミサ   やめとこ。
ヨウコ  ‥‥そだね。

    女たち+男1人、静かに飲み始める。
    軽井沢の夜は更けてゆく。
    暗転。






    原田が電話している。

原田   ‥‥ああ、そういうことです。‥‥じゃ、奥さん、念のためにもう一度復習しときましょうか? ‥‥まず、金額は3千万。使用済みの1万円札で3千枚ね。それを新聞紙に包んでから、郵パックの袋を二重にして入れる。しっかり縛っとくのを忘れないように。‥‥それから、午後2時新宿発の「スーパーあずさ9号」に乗ってもらう。‥‥ここまでいいですね?‥‥そして、この特急が八王子を出るのが2時31分。それから、約7分後、高尾駅を通過してしばらくすると、進行方向右手の窓に「あきたこまち」の看板が見えます。‥‥え?「こしひかり」じゃありません。「あきたこまち」です。‥‥そう。‥‥それで、その看板に向かって包みを投げて下さい。窓は、食堂車とトイレの間の窓です。‥‥‥‥ええ、そうです。よろしいですね?
‥‥それで、包みの受け取りが確認されたら、お嬢さんが大月駅から乗車します。‥‥‥‥何両目って? それは言えませんよ。‥‥まあ、お互いに車内を探して、感激のご対面をして下さい。‥‥くれぐれも言っときますが、包みに細工がされてたり、警察の動きがあったりしたら、大月駅での再会はないですからね。‥‥‥‥‥‥ええ、それは、もちろん。‥‥約束は守りましょう。お互いにね。‥‥では、そういうことで。

    原田の電話の途中から、ミサの電話が重なる。

ミサ   ‥‥あ、それから、警察の方の対応は、プラン通りの形で、よろしくお願いします。‥‥‥ええ、そこのところが一番肝心な点で。事件としてきちんと立件しないことには、保険金は下りませんし、かといって、私たちが逮捕されてしまったんじゃ、元も子もないわけですから。‥‥‥はい‥‥‥はい‥‥‥‥え? 領収書? 身代金の領収書ですか? ‥‥‥はあ‥‥‥‥でもねぇ、それはまずいでしょ? ‥‥‥え?‥‥‥はあ‥‥‥まあ、だったら作らせてもらいますけどね、取り扱いはくれぐれも気をつけて下さいよ。そこから足がついちゃ何にもなりませんから。‥‥‥え? 5千万? それはダメですよ。警察の被害届と食い違ってちゃ。‥‥‥はい、そうです。そこのところはこらえていただかないと。‥‥‥では、また、何かあったら、ご連絡下さい。‥‥‥はい、どうも失礼します。

    ミサ、電話を切る。

ミサ   ‥‥なんなんだよ、こいつ。
ヨウコ  身代金の領収書だって?
ミサ そう‥‥。税金対策で損失扱いにするんだってさ。しかも、5千万に水増しして切ってくれって。
ケイコ  何それ?
リエ   (マリに)ほーんと、あんたのパパって、すごいわねぇ‥‥。
マリ   でしょう? そういう男なのよ、あいつは。
ミサ   ‥‥まあ、とにかく、サイは投げられた、ってことだから。みんな、もう一度、プランを確認しておいて。ミスは許されないから、くれぐれも慎重かつ気合い入れてやってよ。
キッドナッパーズ  はい!
ミサ   現場担当は、原田と、ケイコだったわね。‥‥大丈夫?
原田   レンタカーの手配はできてます。
ケイコ  連絡用の携帯と、万一の場合の無線機も用意できてるわ。
ミサ   それもだけど‥‥あんたたち2人で大丈夫?
ケイコ  え? それ、どういう意味?
ミサ   言いたかないけど、あんたたちあれだからさ‥‥。メンツ代えた方がいいんじゃない?
ケイコ  ミサ。ちょっとそれはないんじゃない? プライベートとビジネスの区別ぐらいはできるわよ。
ミサ   ‥‥ごめん。じゃ、プラン通りで行きましょう。‥‥それから、ヨウコが父親の担当ね。さっきの電話みたいに、けっこうクセ者だからさ、気をつけてよ。
ヨウコ  そうね。
ミサ   なんかあったら、すぐに電話して。対応考えるから。
ヨウコ  わかった。
ミサ   リエは本部で連絡担当ね。
リエ   うん。
ミサ   ‥‥今日は、男に電話するのは遠慮してよ。
リエ   ひっどーい! 私、そんな女に見える?
ミサ・ケイコ・ヨウコ  見える!
リエ   くっそー‥‥。わかったわよ!
ミサ   じゃ、そういうことで。よろしくね。
ヨウコ  ‥‥辰巳君の話の方はどうすんの?
ミサ   ああ‥‥それは、これから私が話をつけるから。(辰巳に)ねぇ、それでいいよね?
辰巳   はい。
マリ   ‥‥ねぇ、私は?
ミサ   え?
マリ   なんか、かっこいいじゃん。私もなんかやりたいな‥‥。
ケイコ  あんたはダメよ。あんたが誘拐されんのにさ、犯人に加わってどうすんのよ。
マリ   えー、でもぉ‥‥。
ケイコ  あきらめなさい。
マリ   ‥‥‥。
リエ   あたしの部屋にプレステあるからさ、遊んでたらいいよ。
マリ   もう! 子供あつかいしないでよ!
リエ   じゃ、やんないの?
マリ   ‥‥‥。
ミサ   それじゃ、始めましょう。「ザ・キッドナッパーズ」のデビュー戦なんだから、可憐に華々しくビシッと決めましょ! さあ、戦闘開始!
キッドナッパーズ  オー!

    ケイコ、ヨウコ、原田、所定の場所に散ってゆく。

ミサ   (辰巳に)じゃ、私の部屋で話そうか?
辰巳   はい。

    ミサと辰巳、去る。

マリ   (リエに)‥‥ねえ、どんなソフトがあんの?
リエ   え? ‥‥なんだ、やっぱりやりたいんじゃない?
マリ   ‥‥しょうがないもん。
リエ   ‥‥いろいろあるよ。なんなら誘拐のゲームもあるし‥‥。見る?
マリ   うん!

    マリとリエ、去る。
    そして誰もいなくなった。
    暗転。






    貸別荘のリビングルーム。
    ミサ、ヨウコ、辰巳、マリがいる。

ヨウコ  ほーんと、変なオヤジなのよ。‥‥一見素敵なおじさま風なんだけどさ、お金の話になると異常に細かくってさ、身代金の消費税がどうのこうのとか、法人税の控除がどうのこうのって、税務署か、ここは? って感じなのよ。‥‥それにさ、
ミサ   ‥‥それに、何なの?
ヨウコ  (マリをチラっと見て)‥‥ここじゃ、ちょっとね。
マリ   いいよ。私のことは気にしないで。
ヨウコ  でもねぇ‥‥。
マリ   ほんと、遠慮しないで言ってよ。‥‥胸とか、お尻とかジロジロ見るんでしょ?
ヨウコ  え。
マリ   ね、そうなんでしょ?
ヨウコ  ‥‥そうなのよ。机の上に書類広げて、こうやって説明するじゃない? そしたら、オヤジの視線がさぁ‥‥。
マリ   それ、いつものことよ。若い女の子見るといっつもそうなの。それどころか、娘の私でもジロジロみるんだもん。‥‥そういうやつなのよ、あいつは。
ミサ   ‥‥あんた、悟ってるねぇ。‥‥実の父親でしょ?
マリ   うん。‥‥でも、事実は事実よ。
ミサ   ‥‥すごい親子だねぇ。

    リエが走り込んでくる。

リエ   ミサ! 大変よ!
ミサ   え、どうしたの?
リエ   ケイコが‥‥ケイコが、身代金持ち逃げしたのよ!
全員   えっ⁉
ミサ   それ、どういうこと?
リエ   さっきケイコから、身代金を受け取ったって電話が入ったの。ちゃんと3千万円あるって確認もしてさ、その後で妙に改まった声で、「私の机の引き出しに手紙があるから、読んで下さい」って、それだけ言って電話が切れたの。それで、なーんか、嫌な予感がしてさ、あわてて引き出し開けたのよ。そしたら、これが‥‥。

    リエ、手紙を差し出す。
    ミサ、受け取って読む。

ミサ(途中からケイコの声に変わる) ミサさん、リエさん、ヨウコさん、皆さん、本当に本当にごめんなさい。身代金の3千万円、私たち2人の旅立ちの資金としてお貸し下さい。何年かかるかわからないけれど、必ず2人で働いてお返しします。
「ザ・キッドナッパーズ」にいさせてもらった5年間、本当に楽しかったです。都会の生活にあこがれていた私にとって、皆さんの生き方は、本当にかっこよくて、あこがれでした。皆さんのようになれたら、といつも夢見ていました。でも、少し無理をしていたのかもしれません。就職に失敗したこともあって、疲れてしまったのかもしれません。皆さんのようにかっこよく生きられない自分は悲しいけれど、これも仕方のないことのような気もします。
皆さんとの友情と、原田君への思いを比べることはできません。でも、今の私には、彼なしで生きていくことはできないのです。だから、私は原田君を選んでしまいました。弱い私を笑って下さい。わがままな私を叱って下さい。
皆さんのことは一生忘れません。たとえ皆さんに憎まれても、私は、皆さんが大好きです。
どうか、皆さん、お元気で。さようなら。

全員   ‥‥‥。
ヨウコ  ‥‥そこまで思い詰めてるなんて知らなかった。
ミサ   ‥‥だから、田舎者はイヤなのよ。
リエ   ‥‥どうしよう?
ミサ   ‥‥今からじゃ、もう、間に合わないわね。(辰巳に)‥‥ねぇ、あんたならどうする?
辰巳   こうなってしまった以上、仕方がありませんね。
ミサ   ‥‥やけに、あきらめがいいのね。
辰巳   あきらめとか、そういう問題じゃありません。事実を分析しているだけです。‥‥それに、これは、はっきり言ってあなたのミスです。2人がああいう関係であった以上、メンバーを変更すべきだったのです。
ミサ   ‥‥‥。だから、女は甘いって?
辰巳   そうは、言いません。‥‥でも、そうではないとも言いません。
ミサ   ‥‥‥。
辰巳   とにかく善後策を検討しましょう。責任の問題は、その後でもいいでしょう。
ヨウコ  善後策って言っても‥‥。
リエ   何か、いいアイデアでもあるの?
辰巳   いくら何でも、すぐにアイデアなんか浮かびませんよ。ただ、
リエ   ただ?
辰巳   問題点を整理することはできます。たとえば、‥‥まず、警察は既に誘拐事件として動き始めているはずです。そういう契約だったですからね。‥‥次に、クライアントは、「ザ・キッドナッパーズ」に対して、身代金の支払いは済ませたということです。これが一番やっかいな問題です。‥‥ただ、我々にとって有利な条件もないわけではない。
ミサ   ‥‥というと?
辰巳   まず、身代金持ち逃げの事実は、まだ知られていないということ。それから、たとえ身代金が持ち逃げされても、保険金の支払いには関係ないということ。
ヨウコ  ‥‥それは、そうよね。
リエ   なるほど。
辰巳   そして、我々にとって最大の利点は、人質が、まだこちらの手の内にある、ということです。
マリ   人質‥‥って、もしかして私のこと?
ヨウコ  そう。
ミサ   ‥‥あんたたちの「駆け落ち作戦」をプラスして、人質の引き渡し時間を引き延ばしたのが、図らずも幸いした、ってわけね。
辰巳   そのようですね。‥‥これを、クライアントとの取り引き材料にすることは可能なはずです。
マリ   ‥‥ふーん。なんかよくわかんないけど、ヒロシって、あったまいいー。
辰巳   ありがと。
リエ   それで、取り引きって、どうするの?
辰巳   そこまでは、まだ具体的には考えていません。‥‥そこで、相談なんですが、もしよかったら、これから先のことは、僕に任せてもらえないでしょうか?
リエ   え‥‥どうする?
ヨウコ  私はいいけど‥‥。ミサは?
ミサ   ‥‥‥。仕方がないわね。こっちのミスだしね。‥‥お願いするわ。
辰巳   そうですか‥‥じゃ、そういうことで。
リエ   あーっ!

    いつの間にか、ケイコと原田が立っている。

全員   !
ケイコ  ‥‥かえって‥‥きちゃった‥‥。
リエ   ケイコ!
ケイコ  ‥‥みんな‥‥ごめんなさい!(泣く)
原田   辰巳さん‥‥やっぱり、オレ‥‥できないよ‥‥。
辰巳   ‥‥‥。
ヨウコ  原田君‥‥それ、どういうこと?
原田   ‥‥‥。
ヨウコ  辰巳君、どういうことなの?
辰巳   ‥‥‥。
ミサ   ‥‥あんたの差し金だったのね。
辰巳   フフフ‥‥。ハハハ‥‥。今度は、オレのミスみたいだな。‥‥敵の弱点を探って攻撃を加える。それが勝利の鉄則だ。「キッドナッパーズ」の弱点は、この2人だとオレはにらんだ。そこまでは間違いはなかった。‥‥ただ、弱点はしょせん弱点。その弱さを十分に計算に入れなかったのが、オレのミスだ。(ミサに)その点では、あんたと同じミスを犯したことになるな。
ミサ   ‥‥‥。
リエ   ‥‥どういうこと? いったいどうなってんの?
辰巳   ただ、オレがあんたと違う点は、次善の策を用意できてるってことだ。要するに、危機管理能力の差だね‥‥。

    辰巳、ピストルを取り出す。

辰巳   さぁ、そのカバンを、こっちに渡してもらおうか!
全員   !
原田   辰巳さん‥‥。
辰巳   さぁ、早くしろ!
原田   お前‥‥オレたちを利用してたんだな!
辰巳   やっとわかったのか? 相変わらず頭の回転が遅いな。
原田   貴様!

    原田、辰巳に飛びかかる。
    銃声!
    原田、うずくまる。

ケイコ  ショウジ君!(原田に駆け寄る)
マリ   ヒロシ! 何すんの!
辰巳   (マリに)‥‥お嬢ちゃん。ゲームは終わりだ。
マリ   え?
ヨウコ  ‥‥あなた、最初っから、そのつもりだったのね。
辰巳   ‥‥「冥土のみやげに教えてやろう」って悪役が言うセリフがあるよな。オレは、いままで、あんな白々しいセリフはないって思ってたんだが、今、その気持ちがよーくわかるよ。‥‥やっぱり、1人で秘密を抱えるってのはつらいもんだね。
リエ   何、かっこつけてんのよ!
辰巳   じゃ、冥土のみやげに教えてやろう。‥‥オレはな、実はこう見えても、日本海上火災の調査員なんだ。「ティーンズ保険」専門のね。‥‥その調査の仕事の中で、オレは「藪内商事」って会社が、妙な動きを見せていることに気づいた。経営はさっぱりなのに、異常とも思える高額の保険を娘にかけている。これは何かあるな、ってピーンときたね。そこで密かに追加調査をしてみると、予想した通り、あんたたちとの関係が見えてきたわけだ。‥‥そこでオレは考えた。その時点で、情報をつかんでいたのはオレ一人だ。会社に報告すれば、雀の涙ほどの報奨金はくれるだろう。でも、もし、個人的にこの情報を利用すれば‥‥ってね。さらに、調べてみると、この娘っていうのが、やけに軽い女だ。これなら、なんとかなるなって思ったね。‥‥そこで、オレは娘に接近を図って、保険金詐欺の話を聞きだし、その上で駆け落ち話を持ちかけた。‥‥って、そういう事の次第なのさ。‥‥何かご質問はございませんか?
マリ   ‥‥そうだったの? ひどい! あんまりだわ!(泣く)
辰巳   ‥‥まあ、悪い男にだまされたと思ってあきらめるんだな。‥‥思って、じゃなくてそのまんまか。
それから、ケイコさん。「冥土のみやげ」ってのは、冗談だ。オレは別に人殺しの趣味はないから‥‥。出血多量にならないうちに、その愛しの原田クンを手当してあげなさい。
ケイコ  ‥‥‥。(辰巳をにらむ)‥‥ショウジ君、歩ける?
原田   うん‥‥なんとか‥‥。

    原田、ケイコの肩を借り、足を引きずりながら去る。

辰巳   ‥‥さてと。(ミサに)それでは、お手数ですが、代表御自ら、カバンを持って来ていただけますか?

    ミサ、カバンを取り、辰巳に渡す。

ミサ   ‥‥完敗ね。
辰巳   いや、あんたもけっこういい線いってるよ。女にしとくには惜しいくらいだ。‥‥ただ、詰めがちょっと甘かったかな。‥‥じゃ、そういうことで。
ミサ   ‥‥ねぇ。
辰巳   ん?
ミサ   一度、私と組んで仕事しない? あんたがリーダーでいいからさ。
辰巳   あんたも、変なやつだな。‥‥そうだな‥‥考えとくよ。

    辰巳、カバンを持って、悠然と去る。

ミサ   待って!
辰巳   ‥‥‥。
ミサ   ねぇ、私をさらってみない? ‥‥仕事じゃなくてもいいからさ。
辰巳   (笑う)‥‥それも、考えとくよ。

    辰巳、去る。
    呆然と立ち尽くす女たち。

リエ   ‥‥やられちゃったね。
ヨウコ  ‥‥見事なまでにね。‥‥上には上がいるってことか。
リエ   どうする? ミサ。
ミサ   ‥‥‥。(呆然としている)
リエ   ねぇ。
ミサ   ‥‥‥。
ヨウコ  ‥‥まさか‥‥さっきの本気なの?
ミサ   悪いけど、私、「キッドナッパーズ」を下りるわ。
リエ・ヨウコ  えっ!
リエ   それ‥‥どういうこと?
ミサ   私、彼について行くことに決めたわ。
ヨウコ  ミサ‥‥。
ミサ   ‥‥私も女なのねぇ。
リエ・ヨウコ  ‥‥‥。
ミサ   じゃ、後は、よろしくね。

    ミサ、唐突に去る。

リエ   よろしくね‥‥って。‥‥何考えてんの? わけわかんない!
ヨウコ  だから、東大出はイヤなのよ。

    呆然ととり残される三人の女。
    しばしの沈黙。

ヨウコ  (マリに)‥‥あんた、これからどうすんの?
マリ   そうね‥‥新しい男でも探すわ。
ヨウコ  え?
マリ   ねぇ、リエさん、いい男がいたら紹介してね。
リエ   え?
マリ   ね、お願い。
リエ   何言ってんのよ?
マリ   それじゃ、よろしくぅ。

    マリ、去る。

リエ   ‥‥もう! どいつもこいつも何考えてんのよ! ‥‥あったま痛くなってきた。‥‥部屋戻って寝るわ。

    頭を抱えながらリエが去る。
    ヨウコ一人が残される。

ヨウコ  あーあ‥‥。

    ヨウコ、窓を開け、空を見上げる。

ヨウコ  ‥‥だから、女はイヤなのよねぇ。

    鳥の声。
    遠くからヒグラシの声も聞こえる。
    軽井沢は、今日もいい天気だ。


   おわり

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