パピィ ドラマ

五年二組の教室で女王のように振る舞う三好まほろ(11)は、授業中にしたオナラが原因でその座から転げ落ちる。まほろは傷つき孤立するが、彼女の話を聞いてくれるものはいない。しかしSNSで知り合った冬木縫(18)はまほろの話を聞いてくれた。そして「寂しい」というまほろにパパ活を勧めてくるが…。
第20回小説現代新人賞_まいずみスミノフ 58 0 0 07/30
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第一稿

【登場人物】
三好まほろ(11)女子小学生
冬木縫(ぬい)(18)女子高校生 女衒
三好千秋(41)まほろの母 会社社長
川瀬一(37)無職 まほろのパパ
保田仁(52) ...続きを読む
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【登場人物】
三好まほろ(11)女子小学生
冬木縫(ぬい)(18)女子高校生 女衒
三好千秋(41)まほろの母 会社社長
川瀬一(37)無職 まほろのパパ
保田仁(52)医師 縫のパパ

女子1〜3
男子生徒達
教師
少女
お笑い芸人


◯木原南小学校・外観
   三階建ての校舎。

◯同・教室・中
   黒板の日付は「7月18日」
   教卓の上に座る三好まほろ(11)
   まほろの周りには大量のプレゼントが置いてある。
   まほろ、目を輝かせて、
まほろ「やーん!まほろ感激ーッ!」
   まほろを取り囲む男子生徒達。
男子達「まほろちゃん誕生日おめでとう!」
   口々にまほろを祝って囃し立てる。
   教室後ろでは女子生徒達が一様にまほろを睨みつけている。
   女子に向かって得意げに笑うまほろ。
   ガラッと扉が開いて担任教師が入ってくる。
教師「コラーッ!学校に関係ないもの持ってきちゃダメだろ!没収だ!」
まほろ「はーい」
   教卓から降りるまほろ。
   ぐしゃっと、床に落ちたプレゼントを踏む。

◯T「パピィ」

◯木原南小学校・教室・中
   大人しく授業を受ける生徒達。
   教壇に立ち黒板に数式を書く教師。
   教師、振り返って、
教師「えーっと、それじゃあこの問題の答えを…三好まほろさん、答えてください」
まほろ「はい」
   立ち上がり黒板へ向かうまほろ。
   まほろの後ろ姿に見とれる男子。
   一方女子は顔をしかめて舌打ちする。
   黒板の前に立ち、チョークを掴むまほろ。
   スッと手を伸ばした直後「バリバリバリ!」と爆音が響き渡る。
   静まり返る教室。
   まほろ、全身が硬直して振り返ることができない。
   生徒たちは唖然とまほろを見つめていたが、やがて一人の女子生徒が勢いよく立ち上がる。
女子1「まほろがオナラしたーッ!」
   水を打ったように爆笑に包まれる教室。
   教師、手を打って、
教師「コラーッ!静かにしろ!」
まほろ「……」
教師「…気にするな。先生は健康的で良いと思うぞ」
   と言うが、口元を押さえて必死に笑いを堪えているのがわかる。
   まほろ、首を傾げて、
まほろ「…まほろがオナラ?」
   カランと、まほろの手から床に落ちるチョーク。

◯道(夕)
   茜色に染まった道を一人歩くまほろ。
   ランドセルには「屁」と書かれた紙が貼られている。
   まほろの表情には生気がなく、足取りもおぼつかない。
まほろ「…まほろがオナラ?」
   ふらふらとタワーマンションのエントランスに吸い込まれて行く。

◯同・三好家・玄関(夕)
   土間は大理石張りで壁は一面鏡張り。
   重厚感のあるシックな色合いの扉が開いて、まほろが入ってくる。
まほろ「……」
   まほろの視線の先には、揃えて置かれたパンプス。
   じわっと目に込み上げる涙。
まほろ「ママ!?」
   まほろ、大慌てで靴を脱ぐ。

◯同・同・LDK(夕)
   二十畳ほどの広々とした空間に高級ソファや大きなテレビが並ぶ。
   窓から夕日に染まったビル街が一望できる。
   扉が開き入ってくるまほろ。
まほろ「ママ!今日学校で!」
   ソファで電話中の三好千秋(41)
千秋「絶対まほろには会わせないから!」
   ビクッとして息を飲むまほろ。
   まほろに気づいて慌てて電話を切る千秋。
   気まずそうに目を泳がせる。
   じっと目をすがめるまほろ。
まほろ「…まほろも会いたくないよ」
千秋「……」
まほろ「ママを悲しませる人なんかまほろも嫌い。顔も見たくない」
千秋「…そう。ありがとう」
   まほろを抱きしめる千秋。
   嬉しそうに千秋の胸に顔を埋めるまほろ。
   千秋、壁の時計を見て、
千秋「いけない!もうこんな時間…!」
   バッグに手早く荷物を入れる千秋。
千秋「ごめん、まほろ。急に仕事が入っちゃって…」
   一瞬、まほろの顔に影が見えるが、笑顔を取り繕う。
まほろ「大丈夫!ママがいないと会社が回らないんでしょう?行ってあげて!」
   咄嗟に背中のランドセルを壁に押し当てるまほろ。
   ランドセルの貼り紙を隠す。
千秋「…ありがとう、本当に助かるわ。夕食はご馳走作ってあるから温めて食べて。あとケーキも」
まほろ「ケーキ!?」
千秋「まほろの大好きなやつ半年前から予約しておいたの。あんまり食べすぎると肌荒れするけど、まあ今日ぐらいはいいか」
まほろ「本当!?あ、でもママの分はちゃんと残しておくね」
千秋「わたしの分は気にしなくていいよ。もちろん無理に食べることはないけど」
まほろ「…そっか。わかった」
千秋「まほろ、お誕生日おめでとう」
   出て行く千秋を見送るまほろ。
   しんと静まり返る室内。
まほろ「よし!お一人様誕生日だ!」
   努めて明るく振る舞う。

◯タワマン・外観(夜)
   まばらに点いた窓の明かり。

◯同・三好家・LDK(夜)
   机の上には食べかけの料理とケーキ。
   一人大画面のテレビを見ながら過剰に笑うまほろ。
   テレビに映るバラエティ番組では、お笑い芸人がオーバーリアクションでツッコミを入れる。
お笑い芸人「おい、お前屁えすなーッ!」
   笑いに包まれるスタジオ。
   スッと、まほろの表情から笑顔が消える。
まほろ「…全然、つまんない」
   テレビを消してスマホを見る。
   まほろのSNSにポストしたバースデーケーキの写真。
   「イイね」の数は「0」
まほろ「むー全然イイねが付かない…。あ!可愛いお皿だ!」
   まほろ、キッチンの戸棚に向かって背伸びをして皿を取ろうとする。
まほろ「なんでママ…ッ、こんな所に…ッ」
   まほろの指先でつるっと滑る皿。
   目を見開くまほろ。
   宙を舞う皿。
   バシャーンと、床に落ちて砕ける。
   まほろ、慌てて割れた皿に手を伸ばすが、
まほろ「…ッ!」
   指先に滲む鮮血。
   うつむくまほろ。
まほろ「最悪…。最悪最悪最悪…」
   ピンと、スマホから通知音。
   まほろ、顔を上げてスマホを見る。
   写真の「イイね」の数が「1」になっている。
   じっと画面を凝視するまほろ。

◯走行中の自動車・車内(夜)
   高級車の助手席に座る学生服姿の冬木縫(18)
   縫のスマホには、まほろのバースデーケーキの写真が映っている。
   ハンドルを握る保田仁(52)
保田「なにをそんな熱心にやっているんだ?」
   保田、片手で運転をしながらもう一方の手で縫の太ももを撫でる。
   しかし縫は気にもとめない。
   無表情でSNSに表示される写真に次々と「イイね」を押して行く。
縫「…種をまいているの」
保田「種?」
縫「そう。新しい飯の種」
保田「…一応デート中だから、こっちに集中してくれないかな」
   ピンと、縫のスマホから鳴る受信音。
縫「…ほらまた芽が出た」
   スマホには「いつもいいねしてくれてありがとう」とDM。
   差出人は「mahoro」

◯タワマン・三好家・LDK(深夜)
   キッチンにはビニール袋にまとめられた割れた皿。
   ソファでスマホを見るまほろ。
   スマホには「NUI」から次々とメッセージが送られてくる。
   『それ文鎮堂の限定ケーキ!?』
   『予約しないと手に入んないんでしょ!?』
   『美味しそう〜』
   などなど…。
   まほろ、質問の嵐に食らいつくように高速で返信する。
まほろ「……」
   ふと、文字を打つ手が止まる。
   画面には、
   『まほろってめっちゃ話しやすい』
   『ねえ?会わない?』
   とメッセージ。
   驚き固まるまほろ。
   窓から見える空、薄っすらと白み始めている。

◯純喫茶「麝香」・外観
   レンガ造りの外壁に絡まる蔦。

◯同・店内
   間接照明の柔らかい光が年季の入った調度品を照らす。
   室内は狭く、カウンター席が四席とテーブル席が二席しかない。
   奥のテーブル席で一人珈琲を飲む縫。
   カランカランとドアベルの音。
   まほろの声「…縫ちゃんですか?」
   顔を上げて驚く縫。
   縫の視線の先、ランドセルを背負ったまほろが立っている。
縫「まほろって小学生だったの?」
   驚く縫。
   目を瞬かせるまほろ。
   ×  ×  ×
   カウンターで珈琲を入れる店主。
   テーブル席で向かい合うまほろと縫。
   縫、苦笑して、
   縫「…ふーん学校でオナラね」
まほろ「…下らないって言われるかもしれないけど、すごく笑われて…でもなにもできなくて…悔しくて…」
縫「下らなくなんかないよ」
まほろ「……」
縫「たぶん私も死にたくなる」
まほろ「縫ちゃん…ありがとうぅぅ」
   涙と鼻水を流すまほろ。
   まほろに紙ナプキンを差し出す縫。
   まほろのランドセルを見て、
縫「…これはこれで需要があるか」
まほろ「…え?」
縫「ねェまほろの話もっと聞かせて。わたしまほろの事もっと知りたいな」
   パッと笑顔になるまほろ。
   ×  ×  ×
   まほろ、スパゲッティを食べながら、
まほろ「…それでね先生酷いんだよ!まほろのプレゼント全部没収しちゃうんだもん!」
   縫、涼しげに微笑みながらまほろの話を聞く。
   まほろ、今度はパフェを食べながら、
まほろ「ママはね会社の社長!でもいつも忙しくて全然家にいないの。まほろの誕生日もお仕事だった…」
縫「……」
まほろ「パパにはもうずっと会ってない。どこに居るのかも知らない」
縫「シングルマザーだ。うちも一緒だよ」
まほろ「本当!?」
   笑顔で頷く縫。
   まほろ、ご機嫌で体を揺らしながらオレンジジュースを飲む。
   縫、じっとまほろを見つめて、
縫「まほろってさ、すごく可愛いよね」
まほろ「え!?そうかなァ…」
縫「ねぇまほろ、パパ活って知ってる?」
まほろ「…パパ活?聞いたときあるけど、よくわかんない」
縫「お小遣いを貰って男の人と食事をしたり遊びに出かけたりするの。私は女の子とそのパパを繋げる仕事をしてる」
まほろ「高校生なのに?」
縫「そう高校と両立しながら」
まほろ「なんか格好いい!」
縫「…パパ活、すごく楽しいよ。きっと色んな所連れてってくれる」
まほろ「…ユニラも?」
縫「…ユニラって、ユニバーサルランド?」
まほろ「うん、まほろ行ったことないから。子どもだけじゃ行けないし…」
縫「ユニラも行けるよ。わたしなんか十回ぐらい行ってるもん」
まほろ「本当!?まほろユニラ行きたい!」
縫「ユニラも連れてってくれるし寂しい時側に居てくれる。パパがいればお皿も割らずに済んだかもしれない」
   マハロ、指についた絆創膏をぎゅっと握りしめる。
縫「だからさ、まほろパパ活しない?」
   困惑するまほろ。
   縫、まほろの口についたケチャップを拭ってあげる。

◯同・外
   店から出て来るまほろと縫。
   まほろの表情は暗い。
まほろ「あの、いっぱい食べたり飲んだりしたのにお金持ってなくてごめんなさい…」
縫「違うよ、まほろ」
まほろ「え?」
縫「こういう時はごちそうさまって言うの」
まほろ「…ご、ごちそうさま?」
縫「大事な事だから覚えておいて」
   ニッと笑ってまほろの頭を撫でる縫。
   尊敬の眼差しを縫に向けるまほろ。
縫「答えゆっくり考えていいよ。ちょっとでも嫌だったら断っていい。…でも誰にも言っちゃダメね。私とまほろ、二人だけの秘密」
まほろ「二人だけの秘密…」
   空を見上げる縫。
   夏の日差しに目を細める。
縫「でもさ、今日から夏休みだよ?」
まほろ「……」
縫「…夏休みって地獄だよね」
   ハッとするまほろ。
   ランドセルの紐をぎゅっと握る。

◯土手(夕)
   キラキラと夕日を反射する川の水面。
   舗装されたレンガ調の道を一人とぼとぼと歩くまほろ。
少女の声「わああああああんッ!」
   まほろ、驚き顔を上げる。
   まほろの視線の先、園児服の少女が地面に座って泣きじゃくっている。
   少女の傍らには父親が立っており、困った様子で腕を組んでいる。
   睨むように二人を見つめるまほろ。
   横を通り過ぎる瞬間、
まほろ「うるさい…」
   と呟く。
   まほろ、スマホを取り出し電話をかける。
   寄せては返す呼び出し音は、いつまで経っても鳴り止まない。
   祈るようにぎゅっと目を瞑るまほろ。
   プツっと音が途切れた直後、
まほろ「(早口で)ママ!今日学校サボっちゃってごめんなさい!あとお皿も割っちゃってごめんなさい…ッ!」
   スマホから聞こえる「留守番電話サービス」のアナウンス。
まほろ「…あ」
   ケタケタという笑い声が後ろから聞こえて振り返る。
   さっきまで泣いていた少女は父親に抱き抱えられて笑顔を浮かべている。
   まほろ、歯を食いしばって走り出す。

◯タワマン・三好家・LDK(夜)
   暗い部屋に入って来るまほろ。
   室内はしんと静まり返っている。
   テーブルにはラップのかかった料理。
まほろ「……」
   まほろ、テレビをつけて音量を最大にする。
   室内を満たすバラエティ番組の笑い声。
まほろ「…夏休みは地獄」
   スマホを耳に当てがうまほろ。
   「まはろ?」とワンコールで縫の声が聞こえる。
まほろ「…縫ちゃん?うん、…やる」
   俯くまほろ。表情は見えない。

◯空
   青空と照りつける太陽。

◯ジョナフル・前
   白を基調とした外壁のファミレス。
   大きな窓からは食事や談笑をする人々が見える。
   入り口に立つまほろ、緊張の面持ち。
   隣では縫がスマホを見下ろしている。
縫「川瀬一さん37歳。見るからに弱男って感じの人だから、危険はないと思う」
   まほろ、無言で頷く。
縫「万が一誰かに聞かれたら「親戚のおじさん」って言いなさい。他に何か問題があったらすぐ連絡して。わたしも近くにいるから」
まほろ「…わかった」
縫「…まほろ、スマイル」
   ぎこちない笑顔を浮かべるまほろ。
   縫、ため息をついて不意にまほろを抱きしめる。
   驚くまほろ。
縫「緊張しなくて大丈夫」
   柔和な笑みをまほろに向ける縫。

○同・店内
   テーブル席にで向かい合うまほろと川瀬一(37)
   川瀬、挙動不審で落ち着かない様子。
   正面のまほろも緊張の面持ち。
まほろ「…まほろです。はじめまして」
川瀬「…か、川瀬です。こちらこそはじめまして。すごい本当に小学生だ」
まほろ「…すごい?」
川瀬「あ、いや、すごく可愛いって…」
まほろ「ホント!?」
   机に身を乗り出すまほろ。
   川瀬、まほろの勢いに圧倒される。
   まほろ、立ち上がり川瀬の隣に座る。
まほろ「…ねぇねぇ川瀬さん。まほろね、川瀬さんと一緒にやりたいことがあるの」
川瀬「や、やりたいこと…?」
   ごくりと動く川瀬の喉。
   不意にまほろが鞄から取り出したのは、算数の問題集。
まほろ「夏休みの宿題、一緒にやろ?」
   目を瞬かせる川瀬。
   ×  ×  ×
   テーブルの上は空のドリンクバーのグラスでいっぱい。
   一緒に算数の問題を解くまほろと川瀬。
   まほろ、答案の埋まった問題集を見下ろして目を輝かせる。
まほろ「すごい!川瀬さん教えるの上手!」
川瀬「期待に添えたなら良かった…。まさか算数ドリルやらされるとは思わなかったけど…」
   じっと川瀬を見つめるまほろ。
   目を泳がせる川瀬。
川瀬「…な、なにかな?」
まほろ「川瀬さん…年収は?」
川瀬「は!?ね、年収!?」
まほろ「趣味は何?お仕事は?あと独身?」
川瀬「…ど、どうしてそんなこと気になるの!?」
まほろ「いいから!」
川瀬「趣味は映画鑑賞とか?もちろん独身で仕事は…今は…してない。だから年収も、その…」
川瀬を品定めするように見るまほろ。
まほろ「いい!」
川瀬「…え、ええ?」
まほろ「それって主夫ってことでしょ?男の人が家事をするほうの!まほろ、川瀬さんみたいな人と出会いたかったの!」
川瀬「……」
まほろ「合格です!」
川瀬「…そんなこと、初めて言われたよ」
   ガクッと俯く川瀬。
   肩を震わせて目には光るもの。
   まほろ、ニコニコとご機嫌でジュースを飲む。

◯同・外(夕)
   走り去る軽自動車に手を振るまほろ。
   運転席には手を振る川瀬が見える。
まほろ「川瀬さんまたね!ごちそうさま!」
   げぷっと、ゲップをするまほろ。
まほろ「…うぅ、ドリンクバー飲み過ぎちゃった」
   まほろの前に停車する一台のタクシー。
   後部座席が開いて座っているのは縫。
まほろ「縫ちゃん!」
   タクシーへ乗り込むまほろ。

○走行中のタクシー・中(夕)
   後部座席に座るまほろと縫。
縫「川瀬さんから連絡あったよ。またまほろに会いたいって」
まほろ「まほろもまた会いたい!宿題がまだいっぱい残ってるもん!」
縫「だったらしばらくは川瀬さんで慣らしたら良いと思う。リスクは少ないし金払いも良いし」
まほろ「うん!」
縫「…しっかし夏休みの宿題やらされて喜ぶなんて、どういう性癖?実はヤバい人なのかな…」
まほろ「ちょっと!まほろのパパの悪口言わないで!」
縫「わかった、わかった」
   縫、鞄から封筒を取り出す。
縫「はい」
まほろ「…はい?」
縫「今日のまほろの取り分」
まほろ「取り分?」
縫「そうお金。まほろが今日頑張った分のお給料。わたしは絶対にごまかさないから安心して」
まほろ「まほろお金なんか要らないよ。お金が欲しくてパパ活してるわけじゃないもん」
   一瞬、鋭くまほろを睨む縫。
   強引に封筒を握らせる。
縫「今度そんなこと言ったらブツから」
まほろ「……」
縫「本気だから。わたし結構強いよ?」
まほろ「…ごめんなさい」
   じっと封筒を見つめるまほろ。

◯タワマン・三好家・まほろの部屋(夜)
   手に持った封筒を見つめるまほろ。
まほろ「別にお金なんか要らないのに…」
   まほろ、勉強机の引き出しにポイッと封筒を投げ入れる。

◯コーポ木南・外
   二階建ての木造アパート。
   カンカンカンと軽快な音を立てながら、外階段を上がってくるまほろ。
   まほろの肩で揺れる大きな荷物。

◯同・川瀬の部屋・玄関
   開いた玄関扉の前に立つまほろ。
まほろ「こーんにちはーッ!」
   居間から顔を出して驚く川瀬。
川瀬「本当に、来た…」
   笑うまほろ。

◯同・居間
   六畳一間。
   まほろ、丸テーブルの上に夏休みの宿題を次々と並べていく。
   正面には目を丸くした川瀬。
まほろ「…読者感想文でしょ。自由研究でしょ。交通安全ポスターに残り四教科のドリル」
川瀬「…小学生ってのは忙しいんだな」
まほろ「ヨロシク!」
川瀬「よろしくって…」
まほろ「まほろも手伝うから!」
川瀬「いや手伝うのはぼくのほうなんだけど…」
   ×  ×  ×
   丸テーブルを挟んで向かい合って宿題をするまほろと川瀬。
川瀬「それ高級タワマンじゃないか…。駅を降りた時に必ず見えるやつ。一体どんな人が住んでるんだっていつも思ってたけど、まさかまほろちゃんだったとは…」
まほろ「まほろの部屋からねスカリツリー見えるよ。天気が良い日は富士山も見えるよ」
川瀬「なんでそんな子がパパ活なんか…」
まほろ「そんな子はパパ活しないの?」
川瀬「だってお金には困ってないでしょ?」
まほろ「うーんまあ」
川瀬「だったら友達と遊べばいいじゃないか。プール行ったりお祭り行ったりゲームしたり。夏休みなんて楽しいことだらけだと思うんだけど…」
   宿題をする手を止めて、苦々しげにうつむくまほろ。
まほろ「…男子は男子と遊ぶからまほろは仲間には入れないの。女子は…知らない。聞いても教えてくれない」
川瀬「…そ、そっか」
   なにかを察して黙り込む川瀬。
川瀬「…うちで良かったらいつでも来て良いから。まほろちゃんの家と比べたら狭いし汚いけど…」
まほろ「うん、ありがとう…」
   まほろ、勉強道具を投げ出して畳の上に寝転がる。
まほろ「あーもう飽きた!」
川瀬「休憩する?アイスあるよ」
まほろ「うーん…トイレ!」
   立ち上がり居間から出ていくまほろ。
   まほろの背中を見つめる川瀬。緊張の面持ち。

◯同・トイレ・中
   ジャーっと、トイレの水を流してズボンを履くまほろ。
まほろ「……」
   まほろの視線の先には、扉にかかったカレンダーとボールペン。
   じっとボールペンを見つめるまほろ。
   ペンの蓋には小さな穴が開いている。

◯同・外観(夕)
まほろの声「じゃーねー」

◯道(夕)
住宅街を一人歩くまほろ。
   少し考えて、
まほろ「…ま、いっか」
   スマホで電話をかける、
まほろ「…あ、縫ちゃん、今終わったよ」
   夕日の中、スキップするまほろ。

◯タワマン・三好家・LDK
   ソファに寝そべって鼻歌を歌いながらスマホをいじっているまほろ。
   後ろでは千秋が仕事に行く準備をしている。
千秋「まほろどう?夏休みは楽しい?」
まほろ「うん!」
千秋「そう良かった…。でも宿題もやるのよ」
まほろ「はーい」
   まほろ、千秋を振り返って、
まほろ「ねえねえ、ママはどんな人がタイプなの?」
千秋「…なにやぶからぼうに」
まほろ「だってもったいないよ!ママはすっごいキレイなんだから!彼氏とか作ればいいのに!」
千秋「分かった分かった、ありがとう」
   千秋、少し考えて、
千秋「…まほろがワガママ言える人かな」
まほろ「え?」
千秋「まほろはママに遠慮する所があるから、そういう人がいたらあなたも楽しいでしょ?」
まほろ「……」
   千秋、鞄を担いで、
千秋「でも正直今は彼氏なんて作ってる余裕はないの。…じゃあもう行くね。戸締りしっかりね」
千秋、柔和な笑みを浮かべて部屋を出て行く。
まほろ「まほろがワガママを言える人…?」
   ポカンとするまほろ。

◯純喫茶「麝香」・店内
   テーブル席でオレンジジュースを飲むまほろ。
   正面に座るのは縫。
   まほろに鋭い視線を向ける。
縫「…まほろこの間、川瀬さんの部屋に行ったの?」
まほろ「うん。川瀬さんの部屋ね、めっちゃ狭くてね、ボロくてね、ウケる」
   ケラケラと笑うまほろ。
縫「あのね、まほろ。川瀬さんと外で会うのはいい。でも部屋には行かないほうがいいと思う」
まほろ「…なんで?」
縫「危ないから」
まほろ「危なくないよ!ボロボロって言っても別に床が抜けるとかそういうことじゃないよ!?人が生きられるぐらいのボロさだよ!」
   小さく舌打ちする縫。
縫「…まほろ真剣に聞いて。川瀬さんは別にあなたと宿題をやりたくて会っているわけじゃないの」
まほろ「でも川瀬さん「大人になってから勉強すると楽しい」って言ってたよ?」
縫「違う」
   きょとんとするまほろに耳打ちする縫。
   まほろ、ヘラヘラ笑って、
   まほろ「そんなことしないよ!」
縫「……」
まほろ「だって川瀬さんはまほろのパパだよ?優しいし面白いし専業主婦だし」
縫「関係ない。いうことききなさい」
まほろ「やだ!だって川瀬さんだって、いつでも来ていいって言ってたもん!」
縫「…この間はあんなにしおらしかったのに、本性現したな…」
   ムッとむくれるまほろ。
   諦めたようにため息をつく縫。
縫「…まほろがいいなら別にそれでもいい。勝手にしなさい」
まほろ「…そんな風に言われると、ちょっと嫌なんだけど…」
縫「だけどこれだけは覚えておいて。なにかあってもあなたは被害者になれる」
まほろ「…ひがいしゃ?」
縫「わたしも悪くないし、まほろも悪くない。わかった?」
   不安げに頷くまほろ。

◯コープ木南・外
   駐車場に停まった一台の軽自動車。
   車内には川瀬とまほろの姿が見える。

◯停車中の軽自動車・車内
   ハンドルを握る川瀬、目が泳いで困惑した様子。
   助手席のまほろ、ご機嫌にスマホを操作している。
まほろ「…でね!新しいショッピングモールが出来たんだって!エンジェルヘアーチョコレートのお店が入ってるんだって!行ってみよう!」
川瀬「…エンジェルヘアーは良いんだけど…どうしてきみが…?」
   バックミラーを見上げる川瀬。
   後部座席に座る縫が見える。
縫「まほろに誘われたんです」
川瀬「いやでも料金も二人分ってことだろ…?」
縫「もちろん」
川瀬「さすがにそれは…」
縫「わたしには紹介者として責任があるんです。アナタが変なことしてないか監視する義務があるんです」
   うっと言葉を詰まらせる川瀬。
まほろ「…川瀬さんダメ?」
   潤んだ瞳で川瀬を見つめるまほろ。
   目を泳がせる川瀬。

◯エリオ木南店・外観
   大型ショッピングモール。

◯同・中
   様々なテナントが並んでいる。
   スイーツ店の前で並んで商品を選んでいるまほろと縫。
   二人を後ろから眺める川瀬。
   財布を見下ろしため息をつく。
まほろ「川瀬さん!これ美味しい!」
   両手にスイーツを抱えて戻ってくるまほろ。
   続けてモール内をハイテンションで走り回る。
   フォトスポットで写真を撮る三人。
   川瀬、楽しそうなまほろを見てつい顔を綻ばせる。
女子1の声「うわッ、まほろだ!」
   げっと、顔をしかめるまほろ。
   雑貨屋から出てきた瞬間、クラスの女子生徒グループとばったり出くわす。
   女子たちは小馬鹿にしたような笑顔をまほろに向ける。
女子1「なんでこんな所にいるの?」
まほろ「…別に。関係ないでしょ」
女子2「まほろ、もしかして一人?友達いないから?」
まほろ「一人じゃないし…」
女子3「そういえばまほろって授業中に…」
   クスクスと笑う女子たち。
   ぎりりと歯噛みするまほろ。
   縫、まほろの後ろに立って女子生徒達を見下ろす。
縫「ふーんこの子たちが…」
   まほろに耳打ちする縫。
まほろ「えー!なんでそんなこと…」
縫「いいから」
   渋々頷くまほろ。
まほろ「…ねェ。なんでも好きな物買ってあげようか?」
   目を瞬かせる女子生徒達。

◯走行中の軽自動車・車内(夕)
   後部座席に座ったまほろと縫。
   手を叩いて爆食する。
   二人の周りには無数のブランドものの紙袋。
縫「あの子達の顔!最ッ高だった!」
まほろ「「まほろちゃんすごい」って、まほろの事尊敬してた!」
縫「してたしてた!」
   まほろと縫が体を揺らすたびに車体が揺れる。
   運転席の川瀬、表情は暗い。
縫「いい?まほろはもう普通の小学生じゃないんだから、あんな連中に二度と負けちゃダメ。すごい力を持ってるんだから」
まほろ「了解!」
   ぎゅっと縫の手を握るまほろ。
まほろ「えへへ、えへへへ」
まほろ、後ろから身を乗り出して、
まほろ「ねェ川瀬さんも笑ったでしょ!?」
川瀬「…え?ああそうだね」
まほろ「だよね!」
   ふんと鼻を鳴らす縫。

◯道(夕)
   走り去る川瀬の軽自動車。
   空にはそびえ立つ入道雲が見える。

◯走行中の軽自動車・車内(夜)
   運転席に座る川瀬と助手席に座るまはろ。
   縫の姿はなくなっている。
川瀬「…そうだ。まほろちゃん、家に行く前にぼくの部屋に寄って行かないか?」
まほろ「…なんで?」
川瀬「夏休みの工作完成したんだ」
まほろ「本当!?川瀬さんすごい!」
川瀬「早いほうが良いと頑張ったんだよ。持っていったらいい」
まほろ「うん!」
   依然としてご機嫌のまはろ。
   じっと正面を睨む川瀬。

◯川瀬の部屋・居間(夜)
   部屋に入ってくるまほろ。
   丸テーブルの上に置いてあるスノードーム気づく。
まほろ「スノードーム!?これ川瀬さんが作ったの!?」
まほろ、スノードームを光にかざして、
まほろ「すごい、キレイ…」
   ぬっと、いつの間にかまほろの後ろに立つ川瀬。
川瀬「…気に入った?」
まほろ「うん!これならクラスで誰にも負けない!川瀬さんありがとう!」
川瀬「小学生でもギリギリ作れそうなものを選んだんだ。気に入ったなら良かった…」
   窓のほうに目を向ける川瀬。
   サーッと、外では雨が降る音が聞こえる。
川瀬「…雨、すごく降ってきちゃったね」
まはろ「そうだね。でも車なら大丈夫でしょ?」
川瀬「…いや、車でも危ないよ。道が冠水してたら動けなくなっちゃうし雷が落ちてくるかもしれない」
まほろ「…そう、なの?」
川瀬「そうだ。少しうちでゆっくりしていったらいい。一日遊んで疲れただろ?泊まっていったっていいよ」
   いやに距離が近い川瀬。
   まほろの肩に手を置いて柔和に微笑む。
   反射的に川瀬から距離を取るまほろ。
まほろ「…でも縫ちゃんが」
川瀬「…縫ちゃん?」
まほろ「…川瀬さんの家には、来ないほうが良いって…」
川瀬「あの子は関係ないだろ!?」
   まほろ、ビクッと身をすくませる。
川瀬「…君と会うのも決して安くないんだ。それに今日は縫ちゃんの分も、君のクラスメイトの分までぼくが払ったんだぞ?」
まほろ「そ、そっか。川瀬さんごちそうさま!」
川瀬「…一度ぐらいぼくのやりたいことをしたってバチは当たらないだろ?」
   まほろ、笑って、
まほろ「じゃあちょっとならいいよ!川瀬さんのやりたいことしよう…」
   轟音とともに落ちる雷。
   停電。
   窓ガラスを打ち付ける雨。
   ピカッと、窓から差し込む雷の光が、床に横たわるまほろと覆いかぶさる川瀬を照らす。
   じわっとまほろの瞳にこみ上げる涙。
   まほろ、手に持ったスノードームを川瀬の頭に叩きつける。
   キラキラと、砕け散った欠片が宙を舞う。

◯道(夜)
   土砂降りの中一人歩くまほろ。
   スマホで電話をかける。
   画面に表示された名前は「ママ」
まほろ「……」
   しかしスマホから流れるのは、留守番電話サービスの音声。
   じっとスマホを見下ろすまほろ、雨に濡れそぼり表情は見えない。
   不意にスマホに着信が入る。
縫の声「…もしもしまほろ?なんかまほろの買ったやつが、わたしのところに混ざってたんだけどさ」
まほろ「……」
縫の声「…まほろ?」
   その場に蹲るまほろ。

◯ビジネスホテル・客室(夜)
   八畳ほどの広さで、中央にはダブルベッドが置いてある。
   ベッドに座り電話をするまほろ。
まほろ「…うん。友達の家に泊めてもらう。それじゃあ」
   化粧台の前に座る縫。
   冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出してまほろに渡す。
縫「泊まっていいって?」
まほろ「…うん」
縫「そっか。じゃあ今日は一緒にいられるね」
   柔和に微笑む縫に対してまほろの表情は暗い。
まほろ「…ねぇ縫ちゃん。あれぐらい普通だよね?パパと娘なら、コミュニケーションとして、そういうこともするよね?まほろはよく知らないけど…」
縫「そうかもね」
まほろ「だけどすごく気持ち悪くて耐えられなくて、殴っちゃった。…川瀬さんに謝らなきゃ」
縫「まほろはさ、なんでパパ活したの?」
まほろ「…え?」
縫「わたしに誘われたとか寂しかったとかはわかってる。それよりもっと根本的な理由を、胸に手を当てて考えてみて」
   言われるまま胸に手を当てるまほろ。
まほろ「…まほろは、まほろは、新しいパパが欲しかっただけだよ…」
縫「…そう。たぶんね、まほろは勘違いしてる」
まほろ「…勘違い?」
縫「まほろの思うパパとパパ活のパパは違う。パパ活ってお父さんを探すことじゃないよ。男の人が女の子にお金を払って恋人ごっこをすることだから」
まほろ「…恋人、ごっこ?」
縫「要するに川瀬さんはまほろのパパになりたかったわけじゃないの。デートしてキスして、それ以上のこともきっとやりたかった」
まほろ「どういうこと?全然わかんない!それがなんでパパなの!?」
縫「さあ。私にもわからない。だけどなんとなく耳障りが良いからじゃないかな。愛人契約っていうより危険な匂いがしないでしょ?」
   息を呑むまほろ。
まほろ「…じゃあまほろの新しいパパは?まほろと一緒に宿題したり遊んだり、割れたお皿を片付けてくれるパパは?」
縫「そんな人いない」
   バシャッと床に落ちるペットボトル。
   縫の頬を叩くまほろ。
まほろ「…まほろのこと騙してたの?」
縫「それぐらい分かってると思ってた」
まほろ「嘘つき!縫ちゃんの嘘つき!」
縫「わたしはまほろのやりたいようにさせてあげただけ。お金だって渡したし忠告だってしたでしょ?」
まほろ「まほろは恋人も愛人もほしくない!」
縫「…でも寂しくなかったでしょ?」
   言葉を詰まらせるまほろ。
   縫、化粧台からまほろの座っていたベッドへ移動する。
縫「まほろ、座って」
まほろ「……」
   しかしまほろは仁王立ちしたまま動かない。
   固く握ったまほろの拳に、縫のしなやかな指が絡みつく。
縫「辞めたかったら辞めてもいいよ。私は絶対に無理強いしない」
まほろ「……」
縫「でももしまほろがパパ活を続けるというのなら、その時は私が責任を持ってあなたの寂しさを埋めてあげる」
   ピクッと反応するまほろ。
縫「まほろのパパにはなれないけど、もっとすごいものに、わたしならなれる」
俯くまほろの表情は見えない。
   いつの間にか二人の指は、深く絡み合っている。

◯ジョナフル・店内
   テーブル席で向かい合うまほろと川瀬。
   川瀬、包帯を巻いた頭を深々と下げる。
川瀬「…この間は本当にすみませんでした」
まほろ、冷たい視線を川瀬に向ける。
川瀬「…謝って済む問題じゃ無いことは分かってます。でもどうにか誠意だけは伝えたくて…。本当にすみませんでした」
   今にも泣き出しそうな川瀬。
   一方まほろはパッと笑顔を浮かべる。
まほろ「全然気にしてないよ!」
川瀬「…え」
まほろ「…それよりも川瀬さんがせっかく作ってくれたスノードーム壊しちゃって…ごめんなさい」
川瀬「まほろちゃん…」
川瀬、目頭の涙を拭う。
川瀬「あんなのまたすぐ作れるよ!いやもっとすごいヤツ作ってクラスメイトを驚かせよう!ぼく頑張るからさ!」
まほろ「ううんスノードームはもういいの」
川瀬「…え」
まほろ「それよりも川瀬さん、まほろ知ってるんだ…」
   立ち上がって川瀬の隣に座るまほろ。
   耳打ちする。
まほろ「…川瀬さん家のトイレにカメラがあること」
   無邪気な笑みを浮かべるまほろ。
   青ざめる川瀬。

○純喫茶「麝香」・店内
   コーヒーを飲む縫。
   ドアベルの音と共に入店するまほろ。
   縫のテーブルに分厚い封筒を置く。
まほろ「縫ちゃんお土産!」
縫「なに藪から棒に…」
   縫、封筒を開けて目を丸くする。
縫「…どうしたの?これ」
まほろ「うーん、川瀬さんに色々質問したら、くれた!」
縫「……」
   驚き固まる縫。
   不満げに口を尖らせるまほろ。
まほろ「…縫ちゃん嬉しくないの?お金は多ければ多いほど良いんでしょ?」
縫「そんなの…嬉しいに決まってるじゃない」
まほろ「うへへ」
   まほろの頭をわしゃわしゃと撫でる縫。
   まほろ、気持ち良さそうに目を細める。

◯三好家・まほろの部屋(夜)
   勉強机の引き出しを開けるまほろ。
   まほろ、持っていた封筒を中に入れ、冷ややかに見下ろす。

◯純喫茶「木南」・店内
   店の奥、いつものテーブル席に座るまほろ。
   正面には縫と保田が座っている。
縫「紹介するね。私のパパの保田さん。お金持ちで偉いお医者様なの」
まほろ「パパっていうのは…そういう?」
縫「当然」
保田「初めましてまほろさん。縫から色々面白いエピソードを聞いているうちに、どうしても直接会ってみたくなってね。それにしても聞きしに勝る美人さんだ」
まほろ「お、恐れ入ります…」
   チラリと、縫に視線を向けるまほろ。
   涼しげな顔でコーヒーを飲む縫。
まほろ「…縫ちゃん?」
縫「なに」
まほろ「…なん、でもない」
優しく微笑む保田。
保田「まほろちゃんはお金が必要なんだろう?」
まほろ「まあ…うん…」
保田「わたしが協力しよう」
まほろ「……」
保田「そこらへんの貧乏人より、圧倒的にきみの力になれるはずだ。安全性に関してもほかでもない縫が保証してくれる」
縫「……」
保田「それにわたしは回りくどいのは嫌いなんだ。短時間で効率的に稼ぐことができる」
   まほろに向かって自分の手を差し出す保田。
保田「じゃあ行こうか」
   店内には、ほかの客の姿も店主の姿も無くなっている。
   まほろの手を引いて店の奥に入って行く保田。
   縫の方を振り返るまほろ。
   縫、平然とコーヒーを飲んでいる。

◯道(夜)
   住宅街を歩くまほろと縫。
   保田の姿はない。
   まほろの手には分厚い封筒。
まほろ「…マッサージだって。ほら子どもがお父さんの背中に乗って足で踏むみたいなやつ」
縫「……」
まほろ「でもあれってまほろよりもっと小さい子がやるイメージだったけど、重くなかったのかな…」
縫「あの人がやれって言ったんだから平気でしょ」
まほろ「でも顔面だよ?」
縫「……」
まほろ「あと唾吐いた」
   チッと、小さく舌打ちする縫。
   縫を不安げに見つめるまほろ。
まほろ「…縫ちゃんなんか、怒ってる?」
縫「は?」
まほろ「まほろ、なんか怒らせるようなことした…?」
縫「なにも」
まほろ「でも…」
縫「怒ってない」
   ピシャッとまほろの言葉を遮る縫。
   気づけば場所はまほろのマンションの前。
   歩き去る縫の背中を見つめるまほろ。

◯ジョナフル・店内
   テーブル席で向かい合うまほろと川瀬。
   川瀬、深々と頭を下げる。
川瀬「…今日で最後にして欲しい」
きょとんとするまほろ。
川瀬「もうこれ以上まほろちゃんと会うことはできない…」
まほろ「やだやだやだ!まほろもっと川瀬さんと一緒にいたい!もっと遊んでお喋りしたい!」
川瀬「…すまない。でも以前言った通りぼくは今無職なんだ」
まほろ「ふーんそうだっけ?」
川瀬「…それなのにどうして君と会えたかというと…死んだオヤジが残してくれた遺産があったんだ」
まほろ「川瀬さんもパパがいないんだ…。可哀想…」
川瀬「…それを切り崩してまでパパ活するなんてバカみたいだろ?だけどそれももう無いんだ。限界なんだ。今日食うのもやっとの状態なんだ」
まほろ「……」
川瀬「わかってくれ、まほろちゃん…」
   頭を下げる川瀬。
   目は落ち窪んで頬はこけている。
   川瀬に冷たい視線を向けるまほろ。
まほろ「大丈夫だよ!川瀬さん!」
まほろ、窓の外を指して、
まほろ「あそこからお金が出て来るの、まほろ知ってるよ!」
   店の窓から見える「ハピネスローン」と書かれた小型店舗型の無人契約機の建物。
   にっこりと微笑むまほろ。
   うつむく川瀬の顔から滴る冷や汗。

◯ハピネスローン・前
   小型店舗型の消費者金融。
   自動ドアが開き封筒を手に持った川瀬が出て来る。
   川瀬の元へ走って来るまほろ。
   ギュッと、川瀬に抱きつくと封筒を奪って走り去る。
   一人呆然と立ち尽くす川瀬。
川瀬「これで終わりかよおおお!」
   激しいセミの鳴き声が川瀬の慟哭をかき消す。

◯タワマン・三好家・まほろの部屋(夜)
   封筒を持ち勉強机の前に立つまほろ。
   引き出しの中を見下ろして、
まほろ「…もう入んないや」
   引き出しの中は封筒でパンパンで閉めるのも大変。
   まほろ、ポイッと勉強机の上に封筒を投げ置く。

◯ビジネスホテル・客室(夜)
   ベッドの上、縫に膝枕をしてもらいご機嫌なまほろ。
   縫とまほろの周りには無数の封筒が散らばっている。
まほろ「川瀬さんがね、もう限界だって!まほろとは会えないんだって!」
縫「そう」
まほろ「だから新しい人紹介して。もっと頑張って稼ぐから!」
縫「保田さんがまたまほろに会いたいって言ってるよ」
   まほろ、縫の太ももに顔を埋める。
縫「…どうする?会う?」
まほろ「…まほろは行かないよ」
縫「どうして?」
まほろ「縫ちゃんが嬉しくなさそうだから」
   一瞬目を眇める縫。
   しかしハッと太ももの違和感に気づく。
縫「…まほろ、泣いてるの?」
まほろ「なんか…わかんない…」
縫「川瀬さんとお別れはイヤ?」
まほろ「そうじゃないけど、でも、わかんない…」
縫「もう、せっかくのお泊まりになんで泣くかなぁ」
まほろ「…ごめんなさい」
縫「…ねぇまほろ、もう少しお金が貯まったらユニラ行こうか」
   面を上げるまほろ。
   涙と鼻水で濡れた笑顔。
まほろ「ユニラってあの!?」
縫「そう。ユニバーサルランド。まほろ行きたがってたでしょう?」
まほろ「まほろと縫ちゃんで!?」
縫「そう、私とまほろの二人きりで」
まほろ「それってなんかすっごくエモい!」
縫「…うん。わたしもエモい」
   縫に抱きつくまほろ。
   まほろの頭を撫でる縫。

◯タワマン・外観

◯同・三好家・玄関・中
   玄関扉が開き入って来るまほろ。
   まほろ、千秋のパンプスを見てパッと笑顔を浮かべる。
まほろ「ママ!…ママ?」
   まほろの視線の先、長い廊下の先に立っている千秋。
   ツカツカと近づいてくる。
千秋「まほろ…どこ行ってたの?」
まほろ「と、友達の家…」
   ハッと目を見開くまほろ。
   千秋の手には無数の封筒が握られている。
千秋「…じゃあこのお金はなに?」
まほろ「お小遣い、貯めてたんだよ。欲しいゲームがあったから…」
千秋「…ママに嘘つくの?」
まほろ「嘘じゃない!」
   バッと封筒をまほろに投げつける千秋。
   血管の浮き出た手でまほろの肩を掴む。
千秋「…まほろ。あなたなにやってるの?ちゃんとママに説明して。言いなさい!」
   うろたえるまほろ。
まほろ、言葉を絞り出して、
まほろ「貰った…パパ活で…」
千秋「…パパ活って、待って。なにそれ…」
まほろ「男の人とお喋りしたり遊びに行っただけだよ。…でもまほろはお金は要らないって言ったんだよ?ホントだよ!」
千秋「…だってそんなの…援助交際じゃない。…わかってる?あなたまだ子どもなのよ?小学生なのよ?」
まほろ「小学生はやっちゃダメなの?」
千秋「ダメに決まってるでしょ!」
ビクッと身を振るわせるまほろ。
千秋「…誰がやってもダメなの」
まほろ「…ご、ごめんなさい」
   千秋、荒い呼吸を整えて、
千秋「とにかく詳しい事情は後で聞くから、こんな事二度としないってママと約束して。わかった?」
   じっと考えるまほろ。
まほろ「…じゃあまほろの寂しさは誰が埋めてくれるの?」
千秋「…え?」
まほろ「誰がまほろの話を聞いてくれるの?」
千秋「そんなのママが…」
まほろ「ママは家にもいないし電話にも出ないよ」
千秋「……」
まほろ「パパにも会わせてくれない」
千秋「それは…あなたが会いたくないって」
まほろ「会いたくないって言うとママがほっとするんだもん」
千秋「……」
まほろ「だからまほろは新しいパパを探したの。でもそんな人どこにもいないんだって」
   ぐしゃと一万円札を踏むまほろの足。
まほろ「それでも一人ぼっちの夏休みよりずっとマシ!」
   ドンと千秋を突き飛ばすまほろ。
千秋「まほろッ!」
   まほろ、玄関から飛び出して行く。

◯道
   荒い呼吸を吐き走るまほろ。
   まほろ、震える手でスマホを取り出し電話をかける。
まほろ「…縫ちゃん、…縫ちゃん」
   まほろのスマホから聞こえる縫の声。
縫の声「まほろ?」
まほろ「(早口で)縫ちゃんどうしよう!ママにパパ活のこと、バレちゃった…。もう家に帰れない。どうしよう縫ちゃん。縫ちゃんに会いたいよ。縫ちゃん…縫ちゃん…」
縫の声「…まほろ一つ約束して」
まほろ「うん」
縫の声「私の名前は絶対に出さないで」
まほろ「わかった言わない!縫ちゃん今どこにいるの!?」
   プツッと、通話が切れる音。
   よろよろと足を止めるまほろ。
まほろ「…縫ちゃん?」
   画面の「通話終了」の文字をじっと見下ろす。

◯純喫茶「麝香」・外(昼〜夜)
   店頭で俯き膝を抱えるまほろ。
   店内でコーヒーを淹れる店主、まほろに気づくが特になにもしない。
   時間経過とともに太陽が動いてまほろを照らす光が西日に変わる。
   迷惑そうに顔をしかめてどこかへ電話をかける店主。
   やがて日が沈んで夜になるが、まほろは膝を抱えたまま動かない。
   キッとまほろの前に停まる高級車。
保田の声「まほろちゃん」
   顔を上げるまほろ。
   柔和な笑みを浮かべた保田が立っている。

◯走行中の自動車・車内(夜)
   運転席でハンドルを握る保田。
   助手席に座るまほろ、表情は暗い。
保田「そう、縫と連絡が取れないか…」
まほろ「…何度電話しても繋がらなくて。縫ちゃん大丈夫だよね?」
保田「大丈夫?」
まほろ「スマホの電池が切れてるだけならいいけど、事故とか事件に巻き込まれてたらどうしよう…」
保田「ああ…」
   なにかを察する保田。
保田「…心配ないよ。きっと学校行事で電話に出られないだけだよ。あれでも高校生だからね」
まほろ「…うん」
保田「問題はまほろちゃんの方だ」
まほろ「……」
保田「もう家には帰れないんだろう?」
   まほろ、小さく頷く。
保田「帰りたい?」
まほろ「わかんない」
保田「そうか。とりあえず一晩ゆっくり考えると良い。うってつけの場所がある」
   チラリと横目でまほろを見る保田。
   思わず吊り上がりそうになる口角を自分の手で抑える。

◯アビタシオン木南・外(夜)
   郊外に建つ二階建て六部屋の鉄筋アパート。
   高級車から降りて来るまほろと保田。
保田「ここはまあ色々と便利で一棟丸々借りてるんだ。だから好きに使っていいよ。家具も一式置いてあるから、まほろちゃんが気が済むまでいるといい」
まほろ「……」
保田「ついておいで」
   外階段をのぼる保田。
   保田の後に続くまほろ。

◯同・保田の部屋・リビング(夜)
   六畳一間のワンルーム。
   家具は一通り揃っているが、装飾品の類いはほとんどない。
   唯一置いてあるのは、テレビ代の上の木彫りのクマ。
   ソファに座ったまほろ。
   床に仰向けで寝転ぶ保田の顔面に黙って素足を乗せる。
保田「…ああ、安らぐ」
まほろ「……」
保田「まほろちゃんも疲れていると思うが、わたしも今日は色々と仕事が立て込んでてね。ここを貸してあげるんだから、これぐらいのサービスは受けてもいいよね?」
まほろ「…うん」
   まほろの足の指が動くたびに、ぐにゃぐにゃと保田の顔が歪む。
保田「…ねェまほろちゃん、今から君にとって辛く残酷なことを言うけど聞いて欲しい。いやちゃんと聞くんだ」
まほろ「うん?分かった…」
保田「縫は君を捨てた」
   息を飲むまほろ。
保田「親バレした君は彼女の手に余る。いつ自分に被害が及ぶか分からない。だから早々に君を切り捨てたんだ」
まほろ「…ウソ。縫ちゃんがそんなことするわけない」
保田「でも連絡がつかないんだろう?」
まほろ「……」
保田「縫がきみを裏でなんと呼んでたか教えてあげようか。「飯の種」「金ヅル」「カモ」「捨て駒」彼女はまほろちゃんを金儲けの道具としか思っていないんだよ」
   ぐっと歯を食いしばるまほろ。
保田「まほろちゃん、なんて不憫なんだ…」
まほろ「ウソ。まほろは信じないよ…」
保田「そう意固地にならなくていいんだよ。これからはわたしが責任を持ってきみの寂しさを埋めてあげるから」
まほろ「…え?」
保田「わたしがまほろちゃんのパパになる」
   まほろの足の下から顔を覗かせる保田、神妙な面持ち。
保田「もちろん変な意味じゃない。本当の父親のように一緒に遊んだり宿題をしたりする真っ当なパパだ」
まほろ「……」
保田「そこらへんのヤることしか考えてない危険な猿どもとは違う」
まほろ「…でもママがダメだって」
保田「大丈夫。これでもわたしは偉いんだぜ?きみのママを説得できるぐらいの社会的信用はある」
まほろ「…縫ちゃんはどうするの?」
保田「縫?」
まほろ「縫ちゃんはまほろと保田さんが一緒にいるのがイヤみたい…」
   俯いて考えるまほろ。
   悲しげにまほろを諭す保田。
保田「…可哀想だけど縫はもう賞味期限切れなんだよ」
まほろ「しょうみ、きげん…?」
保田「彼女ももう18だ。半年もすればJKブランドも無くなり、そこらへんの取るにたらない女と同じになる。ふん、面白くもない」
まほろ「……」
保田「おい同情なんかするなよ?きみを利用して捨てる酷い女だ。それに十分すぎる金も持っているから、これからは自由に生きるだろう」
まほろ「……」
保田「だからわたしたちで一緒に縫を捨ててやらないか?」
   じっと無表情でうつむくまほろ。
   まほろの素足に頬ずりをする保田。
   次第に鼻息は荒くなり、興奮した犬ようにベロベロと舐め始める。
   スッと足を上げるまほろ。
   「あ…」と、名残惜しそうな保田。
   まほろ、天高く足を振り上げる。
まほろ「…縫ちゃんは、縫ちゃんは、賞味期限切れなんかじゃないッ!」
   保田の顔面に減り込むまほろの踵落とし。

◯同・同・玄関(夜)
   リビングから逃げて来るまほろ。
   ドアノブに手をかけてガチャガチャと動かすが、開かない。
   そもそも鍵がない。
まほろ「…なんで!?」
   壁を伝いながらよろよろと歩いてくる保田。
保田「言っただろ?ここはわたしの城だって…」
   にんまりと笑う保田。
   鼻と前歯が折れて顔の半分が血まみれ。
保田「…急所を突かれるって、こういう感覚かぁ。医師として勉強になったよ」
まほろ「…縫ちゃんは賞味期限切れなんかじゃない。…女盛りッ!」
保田「わかった。わかったから…。そんなに熱くなったら冷静な話し合いができないだろ?」
まほろ「……ッ」
保田「縫とまほろちゃん、二人のパパになる。それでいいだろ?」
まほろ「保田さんなんかいらない!」
保田「でもわたしが繋いであげないともう縫には会えないよ?」
ぐっと奥歯を噛み締めるまほろ。
保田「そうだ。それでいい。誓って悪いようにはしないから、そう睨まないでよ」
まほろ「……ッ」
保田「しかしあの縫がなあ…。小学生に同情されて助けてもらうようになるなんて…落ちぶれたもんだ…」
   ガッと、まほろの肩を掴む保田。
   まほろの眼前に保田の顔が迫る。
   クツクツと肩を震わせて笑う保田。
   やがて大きな笑い声へ。
保田「情けないやつだなあ!」
   ゴッという鈍い音とともに白目を剥く保田。
   そのまま脱力してまほろの足元へ倒れ込む。
   保田の背後から現れたのは縫。
   手には血に濡れた木彫りのクマを持っている。
まほろ「……縫、ちゃん?」
   縫、倒れた保田に木彫りのクマを振り下ろす。
   何度も、何度も…。
縫「…ふざけんな!誰が!情けないやつだ!誰が!賞味期限切れだ!」
   床にじんわりと広がる血溜まり。
   保田はうつ伏せのままピクリともしない。
   バシッと、振り上げた縫の手を掴むまほろの手。
   弱々しく今にも泣き出しそうな縫と目が合う。
まほろ「逃げなきゃ」
   まほろは力強く縫を見つめ返す。

◯繁華街(夜)
   まほろと縫、人混みをかき分けてひた走る。
   力強く縫の手を握るまほろ。
   俯いた縫、表情は見えない。
   荒い呼吸を繰り返すまほろ、薄らと口元には笑みを浮かべている。

◯空(夜)
   空に瞬く星。

◯道(夜)
   畦道を歩くまほろと縫。
   辺りに人影はなく、蛙の鳴き声が聞こえてくる。
まほろ「そっか!あそこは元々縫ちゃんのための部屋だったんだね。でもベランダから出て来た時はびっくりしたよ!いるなら一言言ってよね、心配したんだから!」
   努めて明るく振る舞うまほろ。
   縫の顔色をうかがう。
   縫の表情は硬く凍りついている。
まほろ「でもありがとう。まほろを助けてくれて…」
縫「…もうまほろ、帰んなよ」
まほろ「……」
縫「…アイツから全部聞いたでしょ?わたしは金儲けのためにアンタを利用したの。アンタなんか友達でもなんでもない。アンタの能天気な笑い声を聞いてるとイライラする。抱きつかれると虫唾が走る。懐かないでよ、気持ち悪い」
   まほろの手を振り解く縫。
縫「帰れよ!」
まほろ「…まほろは帰んないよ」
縫、ギリッと歯噛みする。
まほろ「縫ちゃんと一緒に居られるなら、なんでもいいしなんでもする」
縫「きっとまたわたしはまほろを騙すよ。金儲けのために利用して傷つけて、何度も何度も同じことを繰り返す。アンタがボロボロになるまで使い倒す」
まほろ「いいよ」
縫「……」
まほろ「二人で生きて行こう?」
   激しく首を横に振る縫。
縫「違う!」
まほろ「縫ちゃん?」
縫「…まほろをもう騙したくないの」
まほろ「……」
   肩を震わせる縫を抱きしめるまほろ。

◯バス停小屋・中(夜)
   古い木造の簡素な設え。
   室内は狭く、ベンチに座るまほろと縫は肩を寄せ合っている。
   まほろにスマホの画面を見せる縫。
   スマホに映るのは古いアパートの写真。
縫「見てまほろ。これが本物のボロアパート。川瀬さんのアパートの比じゃないでしょ?」
まほろ「う、うん…」
縫「わたしとわたしのママはね、今もここに住んでる」
まほろ「……」
縫「昔は大変だったなあ。家でご飯を食べられないから給食で食いつないだり、公園の水でお腹膨らませたり…。でもパパ活を始めてだいぶ楽になった。ママの薬も買えるようになったしね…」
まほろ「縫ちゃんのママは病気なの?」
縫「心のね」
まほろ「心…」
縫「ねえまほろ、私のママに会ってほしい。会って一緒にご飯を食べてお喋りをしてあげてほしい。たまにでいいから…」
   きょとんと縫を見るまほろ。
まほろ「そんなの毎日だって行くよ!」
   縫、ほっとため息をつく。
まほろ「まほろもね!縫ちゃんに会って欲しい人が、いる…」
   言葉に詰まるまほろ。
   まほろの顔をちらりと見る縫。
縫「会わせてよ。まほろのママに」
まほろ「でも…」
縫「大丈夫。まほろはママに本音でぶつかっただけだから。それは喧嘩じゃないし、いつでも仲直りできる」
まほろ「…うん」
縫「それにわたしもいつか会わないといけないから…」
   おずおずと縫を見上げるまほろ。
まほろ「…あのね縫ちゃん。縫ちゃんのママにも会うし、まほろのママにも会わせてあげる。だからその…」
縫「…なに?」
まほろ「ユニラ行かない?」
縫「……」
まほろ「まほろのお金は全部無くなっちゃったけど、後でちゃんと払うから…」
   吹き出す縫。
   目に涙を浮かべて大笑い。
縫「(笑って)アンタ今どういう状況かわかってる!?」
   縫の服、暗い色でわかりづらいが、よく見れば所々血が飛び散っている。
まほろ「だって約束したから!なんで笑うの!?」
縫「…いいよ。行こう」
まほろ「本当!?」
   勢いよく立ち上がるまほろ。
縫「ちょっと、一旦落ち着いて。そのうちバスが来るから、それまで待ってよう」
まほろ「えー…」
縫「それにまほろも疲れてるはずだから、今はゆっくり休んで明日に備えよう」
   くらっと、めまいを覚えるまほろ。
   再びベンチに座ったあと、縫の膝の上に倒れ込む。
まほろ「…ユニラさあ、ここからどれくらいかかる?」
縫「新幹線だったら一時間で着くよ」
まほろ「すごい…速い…」
縫「お金の心配もしなくていいよ。っていうかわたしがまほろに払わせたことある?」
まほろ「ううん。縫ちゃん…、ごちそうさま…」
   次第に眠気に襲われるまほろ。
   縫に膝枕をしてもらいながら、やがてすーすーと寝息を立て始める。
縫「……」
   縫の視線の先、まほろのポケットからスマホがはみ出ている。

◯同・外観(朝)
   建物全体を包む朝靄。

◯同・中(朝)
   ベンチに一人横たわって眠るまほろ。
   小屋内に縫の姿はない。
   まほろ、ゆっくりと目を開ける。
   ぼやける視界は次第に明瞭に。
   小屋の入口に立つ千秋が見える。
まほろ「…ママ?」
   ガバッと起き上がって身構えるまほろ。
   しかし逃げ場はない。
   その場に崩れ落ちる千秋。
千秋「…まほろ、良かった…無事で…」
まほろ「……ッ」
千秋「まほろ、お願い、帰って来て。話をさせて…。ごめんなさい…」
   祈るように手を組む千秋。
   逡巡するまほろ。
   一度深く息を吐いて気持ちを落ち着けて、うずくまる千秋の前に立つ。
まほろ「…すごいハグしたいけど、今はできない。でもまほろもママと話したいことがいっぱいある」
千秋「わかった。それでいいから。帰ろう…」
   まほろ、頷こうとするが、千秋の背後に視線が釘付けになる。

◯同・前(朝)
   停車するパトカーに今まさに縫が乗り込もうとしている。
   小屋から飛び出して来るまほろ。
まほろ「縫ちゃん!?」
   パトカーにしがみつくまほろ。
   窓越しに車内の縫に向かって叫ぶ。
まほろ「どこいくの!?なんで警察に捕まってるの!?縫ちゃんはなにも悪いことなんかしてないでしょ!?まほろを守ってくれただけだよ!?」
   窓が開いて苦笑する縫の顔が見える。
縫「悪いことしかしてないよ」
まほろ「……ッ」
   息を詰まらせるまほろ。
   どうにか言葉を絞り出す。
まほろ「…でも起きたらユニラに行こうって、約束したじゃん!」
縫「行くよ。でもその前にやることがある。罪を償わないと夢の国には入れないから」
まほろ「ヤだッ!」
縫「……」
まほろ「だったらまほろだって悪いこといっぱいやったよ!?一緒に行く!」
   ガチャガチャと、パトカーのドアハンドルに手をかけるが開かない。
   縫、ため息をついて、
縫「まほろ」
まほろ「……」
縫「わたしのママのことお願いって言ったよね?それにまほろのママとも話すことがいっぱいあるんでしょ?」
   静かで厳しい縫の言葉にまほろは黙り込む。
   スッと、封筒を差し出す縫。
まほろ「…え?」
縫「開けてみて」
   封筒を開くまほろ。
   中には「ユニバーサルランド」と書かれた遊園地のチケットが二枚入っている。
縫「ね?だから嘘じゃないって言ったでしょ?」
まほろ「……」
   まほろ、チケットに顔を埋めるようにして頷く。
   ゆっくりと閉まるパトカーの窓ガラス。
   縫、待合小屋の前に立つ千秋に小さく頭を下げる。
   まほろ、チケットを胸に抱いて、
まほろ「…ユニラで待ってる」
   「OK」とハンドサインを送る縫。
   ゆっくりと動き出すパトカー。
まほろ「……」
   まっすぐ田舎道を走るパトカーは、だんだん小さくなっていく。
   じっとパトカーを見つめたまま、まほろは動かない。
   千秋、まほろになにか言おうとするが、上手く言葉が出てこない。
   自分の袖で顔を拭うまほろ。
   チケットをポケットに捩じ込む。
   あっと、驚く千秋を残してまほろは走り始める。
まほろ「やっぱヤだッ!」
   もう見えなくなったパトカーを追いかけるまほろ。
   いつまでもいつまでも、止まらない。
                 (了)

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