光秀と信長 歴史・時代

本能寺の変――。 主君・織田信長を討った明智光秀の前に、死んだはずの信長が現れる。 なぜ光秀は謀反を起こしたのか。 なぜ信長は苛烈な道を選んだのか。 「主君」と「裏切り者」として歴史に刻まれた二人が、死後の世界で初めて本音をぶつけ合い、やがて勝者も敗者もない“人間としての答え”へたどり着く。 第33回テアトロ新人戯曲賞ノミネート作家・岡本ジュンイチが描く、本能寺の変のその先。 信長と光秀、二人だけで紡ぐ歴史対話劇。
岡本ジュンイチ 54 0 0 08/23
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第一稿

登場人物
明智光秀
織田信長

舞台
竹藪の中に潜んでいる寺院の前。














前口上
「歴史で語られていることは、現実 ...続きを読む
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登場人物
明智光秀
織田信長

舞台
竹藪の中に潜んでいる寺院の前。














前口上
「歴史で語られていることは、現実の全てではない。
後世に残された文書や伝承は、必ずしも真実ではない。
本物を語るのはこの大地に残された『史跡』と『骨』だけだ。
召喚されよ、光秀!
ここで皆に伝えるのだ、お前のための部隊は、今ここで準備が完了した!」

太鼓の音。
前口上の語り手、退場。
太鼓の音。
太鼓の音。

数十秒したのちに、明智光秀登場。

光秀「許してくだされ。私は、間違ったことをしたのだ。
私はこの日の本中を、また戦乱の世に戻してしまったのだ。
私はなんてことをしたんだ!
神よ! 仏さまよ! こんな私を許してくだされ!
天皇陛下、誠に、申し訳ございませぬ!
私は結局、誰も幸せにできなかった。
私は裏切ったのだ。
帝を、お館様を、そしてこの国を、大地を。
全てを敵にまわし、私はこの世から逃げてしまったのだ!
(声を上げて泣き出す)」

 笹の揺れる音。

光秀「誰だ。出てこい!
この光秀の首を取りたくば、正々堂々と顔を出せ!」
信長「それを正々堂々と言える心構え、さすがは男前だな」
光秀「..この声は..」

 信長、登場。

光秀「....お館様?」
信長「よく、やってくれたな」
光秀「お館様」
信長「相当な想定外だったがな」
光秀「お館様!」
信長「この金柑が! 己が「金冠」欲しさに心を乱しおって」
光秀「なぜ、なぜここに!」
信長「そんなのはワシにもわからんわ!」

光秀、沈黙する。

信長「どうやらワシらは、引退したようじゃな」
光秀「え」
信長「ワシらは、引退したのじゃ」
光秀「何にでございますか」
信長「このたわけが!」
光秀「申し訳ございませぬ!!」
信長「お前のせいでこの世界がどうなったことか」
光秀「面目もございませぬ!」
信長「ワシらは負けたのだ」
光秀「えっ」
信長「ワシらの一生は、これで終わったのじゃ」

 間。

光秀「本当、なのですか」
信長「見ての通りじゃ」
光秀「そんな」
信長「前が選んだ道であろう」
光秀「いやじゃ」
信長「お前はもう死んだのだ」
光秀「私は死んではおりませぬ!」
信長「ではなぜワシと! こうして対話できるのじゃ? 答えてみい」
光秀「お館様、それは..」
信長「答えてみいと言っている!」
光秀「..お館様、この度の本能寺での戦は、誠に、申し訳ございませんでした。
いくらどんな理不尽があろうとも、これは私のためにもなりませんでした。
そしてこの、日の本のためにもなりませんでした。
私は間違っていたのです。
お館様がこうして幽霊として現れている、ということは、
余程私に、何か問題でもあったのでしょう。
申し訳ございませぬ! 信長様!」
信長「....なぜ攻撃したのじゃ」
光秀「ほんのちょっとした乱心でございまする」
信長「そんなことはないだろう。
お前のことだ。
理由がないのに謀反なんか起こすか」
光秀「..ここだけの話で、申し上げさせてください」

 信長、周囲を見回す。

光秀「どうかされたのですか?」
信長「ちょっと、移動をしよう」
光秀「なぜでしょうか」
信長「いいから言うことを聞け!」
光秀「..」

間。
戦乱の音が鳴り響く。

信長「よし。ここでいい」
光秀「どうかされたのですか」
信長「質問に答えよ。そなたはなぜ、ワシを討ったのじゃ」
光秀「やはり幽霊でしたか」
信長「質問に答えよと言うておろうがっ、このたわけが!」
光秀「申し訳ございませぬ!」
信長「本気で反省しとるのか」
光秀「してまする」
信長「だったら素直に話せ。何があった」
光秀「..信じられなくなったのでございます」
信長「何をじゃ」
光秀「全てをです」
信長「全てとは」
光秀「あなた様の全てを信じられなくなったのです」
信長「なぜそうなったのじゃ」
光秀「あなた様は罪を冒しすぎた!
将軍を蔑ろにし、部下を言葉通りバサバサ切り捨て、
己の欲のために国を支配した」
信長「それは違う」
光秀「いいや、間違いない!
事実私の周囲には、信長様を信じられなくなった家臣たちが大勢いた」
信長「どこまでいたのじゃ」
光秀「大勢は大勢です」
信長「裏切り者がいたことぐらいワシも承知しておるところじゃ」
光秀「あなたの想像以上に多いのです、異常なぐらいに!」
信長「だから切り捨てたのだ!」
光秀「えっ?」
信長「ワシを裏切った者たちを切り捨てなければ、
この日の本はどうなってたと思う?
民は飢えに苦しみ、武士は己の利のために血で血を洗うてたではないか。
女子供は身売りされ、蹂躙され、やがて強者の肉としてくわていく。
そんな世を野放しにしろというのか?
事実ワシが見てきた日の本は、そういう世じゃ」
光秀「それは」
信長「違うのか、光秀! お前も見てきただろう!」
光秀「..それは、」
信長「どうなんじゃ!」
光秀「..そうです。その通りです。
親方様が体感された、この実体験の通りです。
ですがお館様!
物事には順序というものがあったはずです」
信長「順序だと?」
光秀「なぜ将軍様を蔑ろにされた?
この世をつくられたのは帝なのですぞ!」
信長「帝と将軍は関係ないだろう」
光秀「世をつくられた帝が任命されたのが将軍ですぞ!
将軍を蔑ろにされたということは、帝を蔑ろにされたのと同義じゃ」
信長「そんなことはわかっておる」
光秀「ではなぜ!」
信長「..いいか、光秀。
そなたの方こそ、物事の成就に、順序があることを心得よ。
世を平安へ導くには、「武」の力で整えるしかないのだ」
光秀「それですぞ、親方様!
お館様は約束されましたな。
「天下布武」、つまりは国の平安を守るためにこの身を尽くすと」
信長「その通りじゃ」
光秀「しかし忘れてはおりませぬぞ、
当初は天下を「畿内」と定義されていたが、この戦乱の波に飲まれるうちに
「全国」と書き換えられたな」
信長「それ自体が罪だというのか」
光秀「そうです!」
信長「だったら! そなたには実現できたのか」
光秀「何をですが」
信長「(鼻で笑いながら)そういうところだぞ、お前の悪いクセは」
光秀「何を実現できたと言いたいのですか」
信長「お前に「天下統一」ができたのかと聞いているのだ」
光秀「それは」
信長「見ての通りだろう? できなかったではないか!」

沈黙。

光秀「それは、その通りです。その通りでございます。
私は、所詮は家臣でしかない。
ところが己の力を過信してしまい、お館様の国家を侵してしまったのだ」
信長「だったら」
光秀「でも、どうしても許せなかったのです! 
この世には正義がありまする。
倫理道徳があるものですぞ。
なのにあなたと来たら、特に晩年!
あらゆる者たちの純情を踏み躙って、自らの支配圏を築かれたな。
元々はあなたも将軍の家臣、帝の家臣だったのに!」
信長「光秀」
光秀「お前こそが過信したのだ! 自信過剰にも程がある!!!」
信長「....」

しばしの沈黙。

信長「じゃあ、何をすれば良かったんじゃ。わしは。
ワシはずっと、裏切られてきたのだぞ。小さい時から、若い時から。
今の話にあった通り、ワシは家臣に裏切られてきた。
だがそんなのは、今日に始まったことじゃない。
身内にも裏切られた。女子供にも裏切られてきた。
比叡山がそうだったどう。
そして光秀。
お前が連れてきた帝の家臣も、後醍醐天皇も!」
光秀「将軍陛下は何も悪くない!」
信長「そここそがタチが悪いのじゃ!
なぜこんなに話が通じぬのじゃ」
光秀「バカは死んでも治らないものぞ」
信長「この無礼者め」
光秀「今はもうお前の家臣ではない」
信長「..(間)..ワシは一体、どうすれば良かったのじゃろうな」
光秀「お館様」
信長「もう世は止まらぬぞ。また分断が起きておるようではないか。
ワシはお前の全てが悪いとは言わない。
だがこれだけは言わせてくれ。
この世をつくったのは、お前自身だ」
光秀「何をおっしゃられる」
信長「責任逃れか」
光秀「そうではありませぬ。
ただ私は、信じられないのでございます」
信長「ワシを殺すのには自身まんまだったがな」
光秀「最後まで話を聞いてください」
信長「...」
光秀「私は..変えたかったのです。
本当は、変えたかったのです。
本当は、よくわかりませんでした。
ここから先がどうなるのかなんて。
平安が生まれるのかなんて。
私は、ただの乱心で、信長様に楯突いたのではありません。
動かされたのです。何者かの手によって、己以上の力によって」
信長「..よっぽど、ワシは嫌われてるのだな」
光秀「それは違いまする」
信長「お前は違うとも世の皆はそうだ。
それを今、実感させられた」
光秀「..本当に、申し訳ありませぬ」
信長「謝っても意味はない」
光秀「それもそうですが、もっと謝りたい相手がいるのです」
信長「ワシ以上にか」
光秀「そうです」
信長「..それは、そうか。」

 光秀、信長に視線を合わせる。

信長「しかしまぁ、本当に心底驚いたな。こんな世になるとはな」
光秀「すべて私のせいです」
信長「それにしてもすごいではないか」
光秀「何がですか」
信長「だって、考えてもみろ。
お前が起こした行動一つで、こんなに世界が変わったのだぞ。
お前の願った通りになったではないか」
光秀「私が望んでいたのはこんなものではありませぬ」
信長「..(声をあげて笑い出す)」
光秀「!?」
信長「所詮我らは、もはや世捨て人じゃ。もう、ラクに生きようではないか」
光秀「お館様」
信長「本当にそう思うか」
光秀「と申しますと?」
信長「我らは誠に死んだと、本気でそう思うか?」
光秀「..わかりませぬ」

 信長、光秀を押しやる。

信長「茶を濁すな」
光秀「....」
信長「どうした」
光秀「..できれば私は、お館様とお茶を飲みたかったです」
信長「光秀」
光秀「もっと平安な世で、親方様がおっしゃる「天下布武」の世で、
我らは武士でもない平民の姿で、
一度でいいから、お茶を飲みたかったです!」
信長「..光秀!」

 信長、光秀の体を強く抱きしめる。

信長「ワシのほうこそすまなかった!」
光秀「お館様!?」
信長「ワシは世に振り回されてただけなのじゃ!」
光秀「落ち着いてくだされ」
信長「この世が何者かが仕組んだ陰謀だと思ってしまうこの身を許してくれ!
ワシだって限界だったのじゃ!」
光秀「....」
信長「許してくれ!!!!!」
光秀「....」

 竹藪の向こうから聞こえてくる、不可思議な音楽。

信長「飲もうではないか」
光秀「えっ?」
信長「これも何かの縁じゃ。
要するにワシらはこの日の本という名の舞台における、演者なのじゃ」

 いまだに抱擁が続いている信長と光秀。

光秀「懐かしいですな。
信長様はあの現世でも、ずっと、随所にお能を楽しまれてましたな。
だからそういう発想を持てるのですよ。
羨ましい。羨ましいなぁ..!」

 信長は寺院のとに手を伸ばす。

信長「考えようぞ」
光秀「何を」
信長「ワシらはまだ生きてるのじゃ」
光秀「言ってる意味が」
信長「ワシらの魂は生きているだろう。そうだろう!?」
光秀「..その通りです」

 信長、光秀の肩を強く叩く。

信長「見ての通りじゃ」
光秀「..こんな時が来るとは、思いもしませんでした!」

 藪の向こうで響き続ける、異国の音楽。

信長「あの音楽がいつまでも続くように、世を見守ろうではないか」
光秀「信長様」
信長「信じようではないか! いつまでも、いつになっても!」
光秀「....信長さまああああぁぁぁ」

 異国の音楽は大きくなっていく。
 信長、泣きじゃくる光秀を抱き抱えて退場。

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